韓国のマンガに「食客」というのがある。2002年から「東亜日報」で連載がはじまったホ・ヨンマン作の人気マンガで、映画化とテレビドラマ化されている。日本では、講談社から単行本で翻訳出版されている。
「食客」の映画版は見ていないが、テレビドラマ版は見た。その内容はまったく別にして(つまり、それほどおもしろくないということだ)、韓国社会・文化研究の資料としては、なかなかに興味深い。ドラマを見ていて気になった点を書き出してみよう。
まず、主人公が料理人だということだ。韓国は、汗を流さない文人が高く評価される社会で、職人の地位は低かった。料理など立派な男がやるものではないと いう考えがあり、生活のためにいたしかたなく食堂を始めたとしても、出来るだけ早くまとまったカネを作って、「正業」につくべきだという考えがあった。飲 食店というのは、事業のなかでも地位が低かったのだ。ここ10年くらいの変化か、数多いグルメ情報が大きな影響を及ぼしたせいか、食が娯楽になり、その料 理や料理人や料理店に対して注目を集めるようになり、料理人の地位がしだいに高くなってきたようだ。そういう世相を反映して、あるいは日本のグルメブーム の影響で、料理人が主人公のマンガが誕生したというわけだ。
ドラマ版では、「韓国料理は世界を相手にできるか」というのが大きなテーマになっている。日本料理が世界に広く普及しているのに、韓国料理はなぜ世界に 出て行けないのか。韓国人は、韓国料理を世界に広めるためにどれだけの努力をしたのかと、自らに問うている。日本料理を広めることに日本人がした努力と同 じだけの努力を、韓国人はしてきたのかと問うている。
ドラマでは、料亭の厨房が舞台になることが多いので、じっくりと眺めても、そこに「韓国らしさ」が見つからない。遠目では、西洋料理の厨房となんら変わ らない。調理道具も西洋料理そのものだ。包丁も鍋も、西洋料理店の厨房にあるものと同じで、韓国料理を作っている現場という光景ではないのだ。で、ふと考 えた。韓国(あるいは朝鮮)には、他の国にはない独特の調理器具があるのだろうか。ビビンパなどに使う石の鍋や丼は、そう古い歴史があるわけでもないだろ う。手作業で石の器を作るより、陶磁器で作ったほうがはるかに楽だから、石鍋・石の丼の大量出現は電動の工具の登場と同じ時代ではないかと思う。というこ とは、日本になくて韓国にある厨房機器(台所用品)といえば、キムチ専用冷蔵庫くらいか。
おろし金やすり鉢など、個々に調べなければいけないことなので、いつかやるという宿題にしておこう。
ドラマには出てこないが、ついでに調味料についても調べたくなった。韓国独特の調味料があるのはもちろんわかっているが、私が気になったのは、料理に酒 を使うかどうかだ。中国料理と日本料理では、料理に酒を使うことはすでにわかっている。日中の2カ国を除くアジアの国々、例えばイスラム諸国はもちろん、 インド亜大陸では料理に酒は使わない。中国の食文化の影響を強く受けている東南アジアでも、料理に酒を使わない(ただし、ベトナムについては、まだよくわ からない)。さて、では韓国(朝鮮)ではどうか。
こういうことを知りたい時に、日本語や英語で書かれた料理本は、およそ役に立たない。著者が勝手にアレンジしているからだ。だから、ベトナム料理と酒の 関係もよくわからないのだが、どうやら朝鮮では料理に酒は使わないらしい。そのあたりも考察したいところだが、詳しいことが今の私にはわからない。味醂は 使うが「ミリン」という名そのままだから、その歴史も浅く、使用量も少ないらしい。