313話 1970年の世界料理 4/4

 じつは、大阪万博の食べ物事情のコラムは前回で終了していた。3回目の最後の行に「この項 終わる」と書いて、「保存」したのだが、発表するまでの間に、『昭和旅行誌』(森正人中央公論新社、2010)を読んだことで、3回では終われなくなった。この本は、雑誌「旅」を1924年の創刊から、JTB出版事業局版が終わる2004年まで読んで(現在は新潮社刊)、日本人の旅を考察するという労作である。
 その第6章「世界とふるさとを旅する」に、大阪万博に関する記述が「旅」に載っているという。1970年の4月号と8月号に、会場内の食べ物事情の記事があるというのだ。そういう記事が載っている可能性はあると予想をしていたが、あえて調べないようにしていた。手をつけると、収拾がつかなくなるからだ。しかし、読んでしまったら、しょうがない。現物にあたって、確認しなければいけなくなった。「旅」のバックナンバーは古書店ではなかなか入手できそうもないので、久しぶりに東京・八重洲の「旅の図書館」に出かけた。コピー代が高くつくことは覚悟して、「旅」から大阪万博関連の記事を探した。
 その記事を読んでわかったことは、「読まなくてもよかった」という程度の記事だということだった。記事がおもしろくなく資料にもならなかった敗因は、この雑誌がおっさん雑誌の「旅」であって、若い女性相手の「るるぶ」や「anan」じゃなかったことだ。女性雑誌なら、詳細な店舗ガイドなどが出ていそうだが、「旅」の記事は、著名人に万博会場での飲食の体験談を寄稿してもらっただけなので、参考にならなかった。「どの料理も高い」というのが書き手に共通した印象だ。
 というわけで、大阪万博の話はこれ以上できないので、『昭和旅行誌』の話を書く。私も日本の旅行史を調べているので、少なくとも戦後の「旅」は一応目を通しておきたいと思ったことはあるが、その量があまりに多いので、ためらっていた。だから、「よくもまあ、全部目を通したものだ」というのが、この本を読み始めたときの第一印象で、間違いなく「労作」と言える。しかし、大傑作かというと、「さて、なあ」とためらいが残る。
 この本を読んでいて、絶えず考えていたことは、「もし私なら、どう書くだろうか」ということだ。80年以上続いた雑誌を全巻読んで(全巻ではなく、「ほぼ全巻」でもいい)、単行本を書くなら、おもしろい記事の拾い読みでは、全5巻にでもしない限り、とてもページ数が足りない。それは、例えば3年間の旅を本にしようと考えて、日記形式にしてしまうと、とうてい1冊の本にはまとまらないのと同じで、80年分の雑誌拾い読みは、テーマを明確にして読んでいかないと、情報があまりに多すぎて、とても1冊の本にはならないのだ。だから、私は「戦後」と「海外旅行」のふたつのテーマに限定して、「旅」のバックナンバーを多少は読んだのである。
 『昭和旅行誌』は労作ではあっても、素直に「大傑作」と称賛できないのは、「旅」をネタにすれば、幾通りもの切り口で書けるので、どう書いても不満が出てしまうからだ。だから、『昭和旅行誌』という本に欠陥があるというわけではない。観光学関連の本では、珍しくよくできた本なのだが、ハードルがどんどん高くなるので、どうしても欲求不満になってしまうのだ。
 というわけで、この項は今回で本当に終わる。