315話 本棚のまわりで

 生まれて初めて机の下に潜り込むほどの地震だった。CDで、ブルガリアン・ポリフォニーを聞いている時に揺れが始まり、AMラジオに切り替えて、机の下にもぐりこんだ。
 机の上に積んだいくつもの本の山がくずれていくのがわかった。音が大きかったのは本よりもCDで、さすがに20枚以上も積んでいたCDの山は崩れ、ケースが割れた。被害は、たった1枚のCDケースの端が欠けただけだった。
 床一杯に本が崩れ落ちるかと覚悟していたが、せいぜい数十冊ほどで、たいしたことはなかった。本が一気に落下しなかった理由は、本棚にぎっしりと詰まっていたからで、落ちたのはぎっしりと詰め込んだ本と棚板とのわずかな空間に寝かせていたり、前後2段に詰めた本の前側に置いた文庫や新書だった。本棚の上に、ケースに入れたCDが大量に置いてあり、あれが落ちてきたら大変なことになっていたのだが、幸いにも落ちなかった。おそらく、ずっしりと重くて、簡単にずれ落ちなかったのだと思う。
 落ちた本の一部は、見事といっていいくらいにゴミ箱に落ち、古新聞を入れておく紙袋に次々と飛び込み、床の上はそれほどの惨状にはなっていなかった。ただ一カ所、まとめて本が落ち、小山になっているところを片付けようと近づくと、山のてっぺんに乗っていた本が、『随筆 本が崩れる』(草森伸一、文春新書)だったのには笑ってしまった。
 不幸中の幸いということでは、私も、私の家族・友人・知人に被害と言えるほどのものがなかったことだ。これとてまだ被害の全容がわかっていないので何とも言えないが、いま、友人の実家が無事だったというメールをもらい、心の緊張が緩んだところだ。
 このほかで、不幸中の幸いといえるのは、インターネットのラジオradiko.jp(ラジコ)の地域制限が緩和され、昔から聞きたかった関西のFM局FMcocolo765(FMココロ)が関東でも聞けるようになったことだ。関東では現在、InterFMが、英語を中心にほかの外国語でもニュースを放送しているが、FMcocoloは昔からさまざまな外国語でも放送している。InterFMが比較的英語が多い局になり、かつて「日本語の音楽は、我が局のイメージに合わない」などといって、英語の音楽しか放送しなかったJ-WAVEは、ニュースも英語でやることが多かったのに、いまやJ-POP放送局になっている。だから、FMcocoloを聞きたかったのだ。
 大地震が起きて考えたことはいくつもあるが、旅行者であれ、生活者であれ、日本語がわからない外国人たちに、ニュースがどれだけ伝えられているかということだ。日本語がわかっても不安なのだから、なにがなんだかわからない外国人は、どこにいても不安なはずだ。テレビもラジオも同じような番組を流しているだけで、NHKテレビは5局で同じ番組を流していた。それなら、せめて1局の一部を外国語局にして、中国語や韓国語やポルトガル語のニュースを放送すればいいのに、そういう配慮がなかった。マスコミは、日本人のことしか考えていない。そう思ったから、InterFMとFMcocoloの動きに注目しているのだ。
 この原稿を書いている今、FMcocoloからタガログ語のアナウンスが聞こえる。それだけで、フィリピン人は安心できるのだ。