917話 イベリア紀行 2016・秋 第42回 

 本とCDとレコードと

 2002年のリスボンでよく行ったのが、アルマゼンス・ド・シアードという小さなショッピングセンターだった。そこのタワーレコードとFnac(フナック)に通い、CDとDVDを買った。ファドやカポ・ベルデの音楽を中心に買いまくったのだが、2016年にはタワーレコードは消えていた。フランス系量販店FnacからもCDは消えて、デジタル機器店になっていた。CDの時代が終わったのだ。
 リスボンバスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンターを散歩していたら、Fnacの支店があり、CDがわずか十数枚置いてあった。バーゲンセールの売れ残りだろう。アフリカ出身のファド歌手Marizaの”Mundo”(2015)が半額くらいだったので、買った。これが2016年に買ったCDのすべてである。スペインでは1枚も買わなかったということだ。2002年には、持って歩くのに苦労するほどのCDを買ったというのに、今回はたった1枚だ。私が音楽嫌いになったわけでは、もちろんない。相変わらず、日々CDを買いまくっている。
 2002年から2016年の間に何があったのか。世界的には、CDというものが消えゆく運命になり、若者はネット配信などで音楽を買うようになったのだ。私はネット配信にはまったく縁はないが、私をとりまく音楽環境にも大きな変化がふたつあった。ひとつは、アマゾンである。アマゾンでCDを探せば、欧米の店からでも自由に買うことができる。送料も安いし、品揃えが豊富だから、旅先でわざわざ買って運ぶこともないということも少なくない。CDに関して言えば、ポルトガルの店で探すよりも、アマゾンで探したほうが品揃えがいい。
 もう一つの変化は、Youtubeインターネットラジオなどだ。世界の音楽が豊富に、しかもタダで聞くことができる。新旧さまざまなテレビの音楽番組の映像がある。「最新盤を全曲聴く」のでなければ、かなりの音源が手に入る。
 スペインのビルバオのわが宿の向かいにレコード店があった。CDショップではなく、レコード店だ。おもしろそうなので、店内に入ってみた。CDも置いてあるが、全体の2割くらいだろうか。商品のほとんどはレコードだ。なつかしきレコード店の店内風景だ。日本でも、中古CD店に行くと、年々レコード売り場の面積が広がっているのは気がついている。
 「たぶん、日本よりスペインのほうが、レコードに人気が集まるのは早かったと思いますよ」
 世代的には、ビートルズではなく、ハードロックだろうなと思われる店主がそういった。
 「全部、中古ですか?」
 「そのあたりは中古だけど、この棚は全部新品のレコードですよ。新しいレコードはどんどん出ていますよ」

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 マドリッドの路地で出会ったレコード店。レコード・ジャケットのデザインとこの大きさも、魅力的なのだろう。

 マドリッドのFnacはリスボン店と違い、かつてと同じようにCDもDVDも豊富な品ぞろえだった。事情はポルトガルとはまったく違うようだ。ワゴンセールになっているのは、パコ・デ・ルシアアル・ディ・メオラといったギタリストのCDだ。
 本屋歩きは、あまりしていない。スペイン語が読めないから、スペインの本屋遊びはすぐ終わる。マドリッドに本屋は多いのだが、スペイン語の本ばかりだ。おもしろくて長居したのは、地下鉄アントン・マルティン駅近くの”Libraria Desnivel”という山と旅の専門書店だ。地図、ガイドブック、写真集などを豊富に集めた大きな書店で、これだけの書店は日本にはない。古い書店かと思ったが、1998年の開店だそうだ。旅行人読者なら、たっぷり遊べる店だ。
http://letrasvillage.es/pliegos/servicios/libreria-desnivel-paraiso-de-la-mont

 もう1店は、世界の食文化書籍専門店”a punto”(Hortaleza 64  マドリッド歴史博物館近く)だ。できたばかりで、まだ品揃えは多くはないが、店の裏で料理教室もやっているそうで、その収益でなんとか帳尻をあわせているそうだ。順調な経営が続いてほしいと思う。2016年12月に、日本語版だがスペインが登場する『美味しんぼ』などをクリスマスプレゼントとして贈ったら、こういう動画もありますよと、紹介の返信が来た。
https://www.youtube.com/watch?v=YHhlqlDFBrg
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 プエルタ・デル・ソルにあるデパート、コルテ・イングレスの1階にある書籍売り場は外国人観光客が多いという場所柄か、英語の本が少しはあった。しかし、CDと同様に、書籍もデジタル本のせいとネット情報のせいで、印刷物としての本は売れなくなっているのだろう。
 デパートの書籍売り場で見つけたのが、マドリッドの歴史雑学本“Hidden Madrid” (Mark& Peter Besas)なのだが、値段がついてない。店員を呼んで値段を確かめればいいのだが、高そうなので躊躇した。見た感じでは、4000円くらいしそうだ。外国で見つけた本が、アマゾンでは安く売っていたという例を何度も体験しているので、「よし、勝負!」と挑んで、帰国後にアマゾンで調べることにした。すると、3000円から10000円プラス送料の値段がついている。ま、勝敗つかずか。ヨーロッパの古本屋サイトを調べたらもう少し安いが、さて、どうしよう。
 こうして本屋遊びをしていてつくづく思うのは、タイが特別な国だということだ。例えば、バンコクの大型書店に行き英語で書いたタイ料理の本を探せば、たちまち50冊くらいは見つかるだろう。タイの歴史本も、バンコク雑学本も、タイを舞台にした小説も、英語で書いた本がいくらでもある。Asia Booksというのは、タイを中心にしたアジアに関する英語の本のチェーン店だ。イギリスの元植民地マレーシアには、そういう英語の本屋はない。台湾の本屋に行っても、いや日本でも、英語による地元雑学本はほとんどない。タイの場合は、タイ在住外国人が英語で書いているという例が多いのだが、台湾や韓国や日本や、そしてスペインでも、その地に住んでいる外国人が、居住地に関するエッセイや研究書を英語で書く例はほとんどないようだ。
 この文章を書いたあと、タイのフリーパーパー「ダコ」の情報で、マレーシアのペナンにいい本屋ができていると知った。これは行かねば。Gorak Budaya Bookshop
http://gerakbudayapenang.com/