916話 イベリア紀行 2016・秋 第41回

 あのときのスペイン。マドリッド 後編


 2002年の秋、明日はタイに飛ぶという日の午後だった。
 ソル広場から宿へは、ゆるい上りになっていて、路地の両脇に売店のような店があった。数段しかない階段をゆっくり登っていると、突然、足元で太いゴムひもが切れるような音がして、左ふくらはぎに激痛が走った。何が起こったかわからないが、いままでに体験したことがないほどの痛さだ。立木に手を伸ばし、かろうじて立っていたが、動けない。下を見たまま、じっと耐えて1分、痛みはまだあるがなんとか動ける。足が動く。ロボットのように、あるいは亀のように、小幅でゆっくりそろりそろりと歩み、宿の入口にやっとたどり着いた。エレベーターなどないので、両手で手すりにつかまり、必死に階段を登り、4階の自室のベッドに倒れこんだ。
 肉離れの経験がないので、これが肉離れというものかどうかわからない。帰国後に調べて見ると、「肉離れをおこしたときに、ブチッという音がした」という情報が多くあったが、だからといって私の体に起こったことが、肉離れなのかどうかわからない。とにかく、こういう痛みは初体験なのだ。
 ふくらはぎが猛烈に痛い。この先歩けるようになるのかどうか、わからない。歩けるようになるにしても、それがいつのことかわからない。数時間後なのか、数日後なのか、それとも数週間後なのか、わからない。今は、医者に行くにも、歩けないのだから、どうしようもない。バッグのなかから薬袋を取り出して中を探ると、ちょうどいい具合に筋肉痛用の塗り薬が入っていた。歩き疲れたら、もしかして必要になるかもしれないと思って買い置きしてあった薬を、数年前に袋に入れたままになっていたのだ。
 ふくらはぎに筋肉痛の薬を擦り込み、じっとしているほかにやることがない。テレビを見ていて、つい居眠りをして、起きてまた薬を塗っているうちに夕方になった。「豪華夕食の旅」はキャンセルだ。なんとか外に出ても、またあの階段を上ってくるのはいやだ。空港には地下鉄で行く計画だったから、最後の回数券は残してある。しかし、なんとか歩けるようになっても、重い荷物を提げて、地下鉄の乗り換えができるかどうかわからない。旅の荷物は軽いが、CDが重いのだ。
 リスボンでCDとDVDを大量に買っている。リスボンから船便で送る予定だったが、郵便料金が高いので、スペインで買うCDと一緒に日本に送ろうと考えて、陸路でスペインまで運んできた。セビーリャでもコルドバでも、大量のCDを片手に下げて、宿探しをやったのだ。そうやってマドリッドまで来たが、やはり郵便料金が高いので、スペインから送るのはやめた。CDとDVDをタイまで持っていき、バンコクから送ろう。日本までの距離が短くなれば、送料も安くなるだろう。送料が安くなれば、その分マドリッドで大量のCDを買える。そういうことにしたので、大量のCDを買ってしまったのだ。そのCDの山が、部屋にある。
 この足が明日どうなるかわからないものの、もしこのままで治らないと、普通の荷物といっしょに、100枚近くあるCDを提げては歩けないだろう。今は、荷物がなくても歩けないのだから。
 結局、スペイン最後の夜は何かを食べに出ることもできず、豪華夕食の費用は翌朝の空港までのタクシー代にすると決めた。翌朝、やっと歩けるようになり、ソル広場まで荷物を運び、タクシーに乗った。
 その後の話。タイからCDを送る予定だったのだが、やはり送料が高い。手荷物で日本まで運べば、送料はいらない。送料分のカネでCDを買った方がいい。タイに着いたら足の痛みが消えたのをいいことに、ついつい調子に乗ってまたCDを大量に買った。「重いから、成田空港から宅配便で自宅に送ろう」ということになり、成田空港で宅配便受け付けカウンターに行ったが、送料の高さにおののき、じたばたし、必死の思い、ケチの一念で、手に持って自宅まで持ち帰ったのであった。CD150枚は、さすがに重い。それが2002年の旅だった。

 すっかり整備されているが、ここが「事故現場」。正面の建物も、かつてはボロだったが、うまく化粧直ししてある。マドリッドは全体的に、こぎれいになった。