1137話 ダウンジャケット寒中旅行記 第21話

 落穂ひろい その1

 そろそろこの旅物語を終えようと思う。恒例により、いままで書きそびれていたことや、まだ公開していない写真などを紹介する「落穂ひろい」を始めよう。

■日本出発の日の成田空港。チェックインカウンター前で並んでいると、制服の女性社員がちゅうちょなく私の前に立ち、「恐れ入りますが・・・」と声をかけてきた。「オーバーブッキングですので、ビジネスクラスに変更してくれませんか」か、あるいは「お急ぎでなければ、明日の便に変更していただけませんか。つきましては、お礼として・・・」というセリフを期待し、0.4秒の空想をしたのだけれど、違った。「お客様は、英語は話されますか?」というもので、制服社員が何を言いたいのかわからないまま、「ええ、まあ」と返事した。いったい、何を言い出すのか?
「ドア脇の、客室乗務員の向かいの席が空いていまして、足を延ばせてゆったりできる席です。通常は、その席に代わるには100ドルの追加料金を頂くのですが、今なら無料でご案内できます。3人席の真ん中ですが、前に席はないので、トイレに立つ場合もまったく問題はありません。いかがですか?」
このあとの記憶がはっきりしないのだが、もしかすると、「ドア近くの席ですので、緊急事態が発生した場合は、救助活動にご協力ください」と言ったかもしれない。それで英語がわかるかどうかという質問だったのかもしれないが、日本語での会話だったのに記憶は一切ない。たぶん、この申し出の謎を考えていたのだろう。
その席、前の席がないのだから足は好きなように伸ばせるのだが、バッグを前の座席下に置くことができない。ショルダーバッグの小物は、頭上の荷物置き場からいちいち取り出さないといけない。それはまだいいのだが、私の右隣り、通路側の客は、身長190センチ、体重150キロの男。汗臭い肩も腕も、絶えず私の体に当たる。脱いだ厚いブーツと足から悪臭が吹き付けてくる。エコノミー席には、体重制限を設けるべきだ。
だから、私にこの席を割り当てたのか。


 マドリッド空港の第4ターミナルがちょっとおもしろいインテリアなので、バッグからカメラを出して3枚撮ったところで保安職員がやって来て、「安全上の問題があるので、撮影禁止」と言い渡された。撮影済み写真の消去は求められなかったが、「なんだかなあ」という気分だった。

■今回のスペイン旅行でいちばん残念だったことは、愛用の喫茶店コスタコーヒーの、国立劇場テアトロ・レアル内の店が閉じていたことだ。帰国してから、調べてみた。倒産か、それとも支店の閉店なのか調べてみると、閉店だとわかる。スペインの何店かが閉店している。このチェン店はイギリス資本だが、エスプレッソの牙城では、私好みの薄めのコーヒーを出す店はうまく行かないということか。
■シベーレス宮の屋上から、マドリッド市内を見渡す。視界に入る限り、超高層ビルはほんの数本あるだけだ。アジアの、例えば香港やバンコクのように超高層ビルの森を見慣れていると、近代的なビルがほとんどないことがわかる。それを、「すばらしい」とも「遅れている」とも思わない。「それがマドリッドだ」と納得している。バルセロナには超高層ビルがもっとある。


 シベーレス宮の屋上から、マドリッドを眺める。ガラス張りの超高層ビルは数本しかない。道路も広いから、散歩をしていても香港のような圧迫感はない。