463話 韓国人の口臭に関する雑感

 
 映画であれ、テレビドラマであれ、韓国のラブストーリーを見ていてふと思い浮かぶことがある。
 ふたりとも、強烈な口臭のままキスシーンの撮影に進んでいるのだろうなあ。昼に、たっぷりキムチを食べたし・・・。
 日本のドラマなら、キスシーンを前にした役者たちは、歯磨きをしたり口臭消去剤を口に入れるなど、失礼にならないようにするのは常識だと、何人もの役者がインタビューなどで語っているのだが、はたして韓国ではどうなんだろうなあと、ふと思ったわけである。そんなわけで、テレビや映画の世界ではなくても、韓国人の日常生活と口臭についても考えてみたくなった。
 そんな折り、ある研究会で韓国社会の研究者と会ったので、この問題について質問してみた。
「韓国人が、これから仕事上重要な人物に会うという場合、昼はキムチを食べないとか、ニンニクが入った料理は口にしないというようなことはありませんか?」
「考えられないですね。そんなことは、ないです」
「日本のサラリーマンが、昼に餃子を食べないとか、そばのネギは除くといった配慮を、韓国人は・・・」
「しませんね」
「でも、外国人客が多く来るホテルの従業員、とくに受付けや会計のカウンターの職員なら、食事を考えるんじゃないかと思うんですが・・・」
「さあねえ、そんなこと、考えていないと思いますよ」
というわけで、ニンニク臭さは一切気にしていないという結論になったのだが、もうひとりの研究者にも教えを請うた。彼女は留学などで長期間にわたって韓国で生活していたことがあり、夫は韓国人だ。
「韓国の恋人どうしが、『きょうはもしかすると、キスするかもしれない』という予感がある日には、キムチは食べないというようなことは・・・」
「ないない、そんなの。ふたりとも毎日韓国料理を食べていれば、気にならないものよ」
「じゃあ、高級ホテルの従業員の場合は」
「私、そういうホテルの社員食堂にも行ったことがあるけど、特別のメニューがあるわけじゃない。おんなじよ。だから、ホテルの従業員も、キムチを食べることに躊躇しない。サラリーマンだって、おんなじことよ。ただし、食後に歯をみがく人はいますね。想像ですが、それは口臭を消すためではなく、口の中をさっぱりさせたいとか、虫歯予防のためだと思いますけどね」
「じゃあ、韓国人は口臭のことで食事に気を使うとすれば、外資系企業の社員で、毎日外国人幹部と接する人くらいかなあ」
「その外国人が、韓国料理を一切食べない人だと、『臭い』と言われて、以後食べないかもしれませんね」
 つまり、こういう数式が成り立つようだ。
 ニンニク×ニンニク=無臭
 そうだ、思い出したぞ。韓国に取材で行ったときのことだ。空港に着いたときから、場内にニンニク臭が満ちていた。日本の空港とは違う匂いがあることに気がついた。通関手続きを終えて到着ロビーに出ると、「Mr. MAEKAWA」と書いたサインボードを持った男がいた。取材コーディネーターをやってくれる男と、そのとなりにドライバーがいた。
 私は、握手の手を伸ばしながら彼らに近づき、「前川です」というと、「はい、韓国にようこそ・・・・」といいつつ、彼らも名乗った。「さあ、これから昼ご飯を食べてから、取材先に行きましょうか」というようなことを、大きな声でしかも早口でしゃべったのだが、コーディネーター氏の口から口臭の暴風が私の鼻に向かって吹きだしていた。あれほど強烈なニンニク臭をかいだことがなかった。韓国に初めて来たわけではなかったが、顔を近づけて握手をしたことなどなかったのだ。
 昼飯は、1980年代当時の日本ではまだほとんど知られていなかったサムギョプサル(ブタのバラ肉を焼いて食べる)の店に案内された。あの頃はまだ、私も多くの日本人も、「韓国人は牛肉を食べる人たちだ」と思いこんでいた時代なので、ブタ肉というのが意外だったことと、カラカラと軽い音をたてて皿から鉄板の上にのせられた冷凍のままのブタ肉に、軽いカルチャーショックを受けた。客の前に、冷凍のままの肉を持ってくる習慣は、日本にはない。
 ブタ肉を焼き、チシャの葉にのせ、薄切りのニンニクと生トウガラシとともに食べる。これがうまかった。私はニンニクもトウガラシもキムチも大好きなので、それら3品をお代わりして、バクバクと食った。「ニンニクやトウガラシをそんなに食べたら、胃に悪いですよ」と韓国人に注意されたが、かまうこっちゃない。この手の料理が大好きなのだ。
 その昼食以後、韓国を離れるまで、満員バスにも乗ったし、取材で様々な人に会ったが、「臭い」と感じたことは一度もない。こちらも臭ければ、臭くはないのだ。