精進料理
中国系タイ人の間で、年に1回、精進料理を作り、売り、食べる期間が秋にある。これをタイ語でキンチェーという。キンは「食べる」、チェーは中国語の「齋」で、精進料理を食べる期間をさす。この期間に中国人街やショッピングセンターの食品売り場に行くと、「齋」と書いた黄色い小旗が店頭に掲げてある。それ以外の期間でも、精進料理専門店もあり、ここ数十年の健康ブームで精進料理が少しずつ人気を得ているように思う。
物は試しと、精進料理を食べてみた。醤油味の焼きそばくらいならいいのだが、ほとんどの料理は「健康にいい」という理屈をつけないと、積極的には食べたくない。
タイの精進料理がうまくない理由はある。肉や魚介類が使えないということは、小魚を原料にする調味料ナンプラー(魚醤)が使えない。日本の味噌のように使うカピ(蝦醤。小エビのペースト)も使えない。タイ料理の根幹をなす調味料が使えないのだ。しかも、ニンニクなど匂いが強い香辛料も使えない。トウガラシは「少々」程度の使用で我慢しなければいけない。タイ料理からナンプラーとカピと香辛料を取り除いた料理は、できそこないの中国料理にしかならない。そんなものが、うまいか!? ただし、中国料理に寄せたら、うまくなることもある。
一方、インドや台湾の菜食料理にはうまいものがある。動物性食品を使わないという基本ルールはあるが、インドの場合乳製品に対する考えが人それぞれあり、菜食と言ってもさまざまある。乳製品を使わなくても、ココナツミルクを使えばコクが加わる。
日本の精進料理を、私は好まない。手が込んだ高額な精進料理は好みに合わないし、粥で過ごす清貧生活も私の好みに合わない。その点、インドのベジタリアン料理は香辛料と油を使うことで、「精進料理で、粗食に耐える精神生活」というイメージからは遠い。菜食主義者の料理も、それはそれでうまいのだ。
台湾も、おそらくここ数十年のことだろうと思うのだが、健康を考えて精進料理が話題になっている。食堂に「素食」と書いていあると精進料理店だとわかる。セルフサービスの食堂では、素食の弁当も作っていてその人気がじわじわと広がっているような気がする。菜食料理も、油の使い方で、うまくなるのだ。
アメリカで取材生活をしていた時に、日本に住む友人の紹介で知り合ったアメリカ人がベジタリアンだった。その人は日本の友人ととても親しいようで、私を厚遇してくれて、自宅での食事に招いてくれた。ベジタリアンだがチーズは食べていいという考えのようで、炊いた米にカッテージチーズ(脱脂乳から作ったチーズ)をまぶして、塩漬けしたブドウの葉で包んで食べるという昼食だった。その人以外でも、ベジタリアンといっしょに食事をしたが、アメリカでベジタリアンが増える理由がわかったような気がする。肉と油脂と砂糖の取りすぎの反動で、「食事は健康のため」という意識が強いからだろう。「健康は大事だが、うまいものを食いたい」という意識が強いと、健康にいいというだけで、粗食には耐えられない。
そういえば、そのベジタリアンとリトル・トーキョーを散歩した。食堂の食品サンプルにざるそばがあり、「これ、なに?」と聞かれたので、さて、ソバという植物の英語名は知らない。フランスではクレープに使うとか、その周辺の説明をしたら、「ああ、Buckwheatね」とすぐにわかったなどと言うことを、油とは関係ないが、今思い出した。