464話 タイ人の口臭と体臭に関する考察 

 
 前回書いた韓国人の口臭に関する話を、タイ在住の日本人たちにしてみた。すると、「タイ人も同じだとね」という。妻や恋人がタイ人という人も、「タイ人は口臭なんか、気にしない」という。
 たんなる旅行者である私は、タイ人の口と接近することはないのだが、ただ一度、口臭を浴びたことがある。夕方の超満員のバス車内で、バスに走り寄り、やっと乗ることができた若き美女が、私の顔の前で「ハアー、ハアー」と荒い呼吸をしたときに、ニンニクや各種ハーブの入り混じった匂いを感じた。私とて、同じような食事をしていたのだが、私よりも強い匂いの香辛料を口にしたのだろう。
 タイ人も食べ物が原因による口臭は気にしないらしいということはわかったが、体臭となると韓国人とは明らかに違う。タイ人は、髪の匂いも含めた体臭に、非常に気を使うのだ。
 タイでは、前日と同じ服を着ているというのは、男に対しても非難の対象になる。汗臭い服をまた着ているというのは、嫌悪の対象なのだ。
タイ語学校に通っている時のことだ。ある日、教師は私に向かって、「あれ、きのうと同じズボンをはいてますね。きのうは家に帰らなかったんですか。同じズボンをはいていて、気持ち悪くないですか?」と言ったので、びっくりした。きのうと同じシャツをまた着ているという非難ならわかるが、ズボンを毎日着替える習慣は、私にはない。
 タイ人は、最低でも日に2回水浴びする。朝、起きたときと、夜、帰宅したときだ。これは私も同じようにしているから、違和感はない。4月や5月の強烈に暑い日だと、1日に3回も4回も水浴びし、その度に着替えることがある。朝起きて水浴びして、洗濯した服に着替えて外出し、朝飯を食べて部屋に戻ると、その服がもうぐっしょりと濡れている。そのまま外出する気になれず、また着替えるのだ。こういう生活をしていると、服の数が増え、洗濯の回数も増えるのだ。タイ滞在が長くなり、旅行者からしだいに生活者に変わっていくと、まわりのタイ人と同じように、石鹸の香りの人になっていく。バスやショッピングセンターなどで、汗臭い旅行者が近くにいると、非常に不愉快なのだ。そういう点では、私はタイ化しているのだと思う。
 そんな私でも、「まだタイ人じゃない」と感じるのは、12月や1月の涼しい季節の農村や山村などで過ごしているときだ。「タイは1年中暑い」などと、知ったかぶりで言う人が少なくないが、タイにも寒い季節と寒い時間がある。寒い季節の日没後だと、気温は20度を割り、とてもじゃないが水浴びなどしたくないと日本人である私は感じるのであるが、タイ人は「水浴びせずに寝るなど、考えられない」というのだ。私だって、昼間は水浴びしているのだ。それなのに、居候していた時の夕食後、「シャワー室、空きましたよ。どうぞ」などと言われても、「いや、寒いから、今夜はいいですよ」などと言おうものなら、あたかもゴキブリでも見るような眼で、「メーン」(臭い)と言われてしまう。寒風吹く中でもタイ人は水浴びをする。唇を紫にして、震えていても、水浴びをやめない。これは、もはや体臭の問題というより、体と心の清潔感の問題と考えたほうがよさそうだ。