1818話 韓国料理の辛さ

 

 砂糖の資料はいろいろあるのだが、トウガラシの輸入や消費量などの日本語資料がなかなか見つからないのだが、根気よく探していたら、幸いにもこんな資料が見つかった。

 「Wedge online」(2016年9月15日)に「中国産の流入で危機に瀕する韓国のトウガラシ産地」という見出しの記事がある。それによれば、韓国では2000年ごろから中国からのトウガラシ輸入が増えて、この記事の執筆時点の「現在」で、トウガラシの国内消費量の7割近くは中国産だと報告している。

 信用できる資料かどうかわからないが、「韓国では、国内産トウガラシは2割くらいしかない」というネット情報もある。2016年で「およそ7割が輸入」というなら、現在「8割が輸入」でもおかしくない。輸入しているのはトウガラシだけでなく、キムチなどトウガラシが入った加工食品の中国から輸入している。別の言い方をすれば、現在の韓国料理の辛さや赤さは、中国産トウガラシが大きく影響しているということになる。外食産業や軍隊や学校給食のキムチは、ほとんど中国産だという。

 数十年前の韓国料理は、いまほど赤くなかった。白菜キムチの写真を見ても、いまほど鮮やかな赤ではない。ウィンナーソーセージのような形のモチ(うるち米)であるトッポッキは、日本人にはケチャップ炒めのような赤い料理だが、食べてみれば辛く甘い。

 「トッポッキって、昔は醤油で煮た料理だったよね」と話していたのは、韓国の食べ物番組に出演していた中年の韓国人。こういう料理のようだ。醤油煮込みだった料理に、砂糖とトウガラシを入れて真っ赤にしたのが現在主流のトッポッキだ。昔ながらの醤油トッポッキも商店街のなかで残っているのを、やはり韓国のテレビ番組で見た。

いくつかあるトウガラシ消費量の資料を見る。たとえば、「暮らしの里 菊池」に、こうある。

 「白菜1株当たりの唐辛子の平均使用量は、1930年代に5・75㌘だったものが徐々に増え、2010年代に至っては71・26㌘になっていた。なんと12倍だ。農林畜産食品部(省)のデータでは、国民1人当たりの唐辛子の年間消費量も1970年の1・2㌕から2010年代には3㌕以上に増えている」。

 トウガラシ消費量の比較は、時代の変化であれ、外国との比較であれ、どういう種類のトウガラシで比較しているのかを明らかにしないと意味がない。タカノツメとパプリカの100グラムでは、辛さはまったく違う。いくら韓国人でも、12倍の量のタカノツメを入れたキムチでは、とても食べられない。

 私の想像では、1960年代か70年代ごろか、あるいはもっと遅い時代まで、日本のトウガラシとあまり変わらないトウガラシを使っていたが、そこにパプリカ系のあまり辛くないトウガラシが入ってきて、韓国料理がたちまち赤くなったのではないか。韓国人にとって赤い色は、邪気を払い幸運を呼ぶ色だから、料理をより赤くしたいのだろう。

 その、甘味種のトウガラシは中国からの輸入ではないかと想像し、資料を探したのだがわからない。ここ数十年の間に、韓国では砂糖と、パプリカのような甘味種のトウガラシを大量に使うようになり、赤く、照り、甘い料理が増えていったのではないか。キムチの甘味は、家庭ではナシなどの果物を使っていたが、工場での大規模生産体制になり、あまり辛くないトウガラシと砂糖類(砂糖や、オリゴ糖麦芽糖など)を入れて、色あざやかにして、口あたりもよくなったのではないか。

 こういう私の仮説を、誰か学問的に点検してくれないか。韓国料理研究家という人たちが日本に何人もいるが、食文化史の研究はどのくらい進んでいるのだろうか。鶏肉料理の話も、韓国ブロイラー史の話を抜きにしては語れないのに食べ歩きとレシピの本がほとんどだ。

 

余話『タイ日大辞典』(めこん)のことでちょっと気になることがあって、めこんにメールを送ったら、社主の桑原さんから電話があった。もう1年以上話をしていないが、健在なのはめこんのHPでわかっている。「僕は元気にしているから、いつでも事務所に遊びに来てよ」と言ってくれたが、ここ数年アジア研究者や身内に不幸が続き、落ち込んでいるという。大御所がなくなるのは、「まあ、そうか」と思えるが、研究者として現役のまま亡くなる人が多くなった。「桑原さんと会ったとき、20代なかばだった若者が、今年なんと70になりましたからね」というと、「そう、あの頃会った佐野真一も死んだね」と、老人の会話になった。