466話 映画「マライの虎」を見た

 
 すでにこの雑語林の129〜133話の5回にわたって、ハリマオの話を書いた。130話では、1943(昭和17)年に製作した大映映画「マレイの虎」(監督:古賀聖人)の話をちょっと書いた。「シンガポール総攻撃」という映画のロケでマレーシアに行ったので、「せっかく来たので、ついでに、もう1本撮影してしまえ」というだけで撮った映画のようだが、おまけの映画の方がヒットしたらしい。この映画は、ハリマオこと谷豊というマレー育ちの実在の日本人を描いたもので、のちの連続テレビ映画「快傑ハリマオ」のもとになる物語だ。
130話を書いているときは、映画「マレイの虎」は見ていない。昭和17年のB級映画がテレビで放送されることはないだろうし、ましてやDVDなどになるわけはないので、見ることは初めからあきらめていた。それが、神保町を歩いていたら、本屋のワゴンにこの映画のDVDがあって、値段はわずかに380円。さっきネットで調べたら、通販でもこの値段で販売しているらしい。
 さっそく、見た。国威発揚の国策映画だから、この時代に海外ロケをしているのだが、内容の点ではとくに書くことはない。しかし、内容を離れると、書きたいことがちょっとある。
 谷豊役は、中田弘二という俳優だが、まったく知らない。調べてみれば出演作は多い。「マライの虎」と同じ年に公開された「結婚命令」という作品が最後の出演となっているようで、それが1943年だから、引退ではなく、病気か空襲などで亡くなったのだろうか。この映画で知っている俳優は、浦辺粂子、上田吉二郎、小林桂樹の三人だけだが、出演者リストを見ないと気がつかない。浦辺はのちの独特のお婆さんのしゃべり方の片鱗はうかがえるが、上田はごく普通にしゃべっている。
このくらいのことは、ネット上にいくらでも書いてあるのだが、この先の話は、まだ書いている人を知らない。
「マライの虎」を見始めてすぐに、「おいおい」と思った。主題歌だ。作詞:島田磐哉、作曲:鈴木哲夫、歌:東海林太郎なのだが、「ハリマオ〜、ハリマオ〜」という部分が、テレビの「快傑ハリマオ」にそっくりなのだ。「快傑ハリマオ」の方は、作詞:加藤省吾、作曲:小川寛興、歌:三橋美智也だ。作曲の小川は「月光仮面」やNHKドラマ「おはなはん」の主題歌の作曲者でもあり、有名作曲家らしいのだが、この映画を「参考」に、テレビドラマ「快傑ハリマオ」の主題歌のアイデアをいただいたようだ。
じつは、この映画の興味深いところは、現地ロケだけではなく、音楽なのだ。ストーリー上意味がないので、サービスシーンだと思うのだが、マレー人がバイオリンや太鼓の伴奏で、輪になって歌い踊るシーンがある。マレー音楽には詳しくないので、どういうジャンルの音楽かわからないが、1943年の日本の映画館で、ああいう音楽が流れたんだと思うと興味深い。
 耳になじんでいる歌も流れていた。小学生時代に、「歌集」にはいっていて歌わされたと思うのだが、「ラッササヤンゲ〜」という歌詞で始まる歌だ。「ブンガワンソロ〜」という歌や、「土手のスカンポ、ジャワ更紗」というまったく意味不明の歌とともに、異国を感じさせる歌として、なぜか前川少年の耳に残っていた。当時から、異国にあこがれていたのだろうか。
「ラッササヤンゲ〜」というのは、“Rasa saying”というインドネシアの童謡(民謡)だが、この歌の名がちょっと曲者だ。ウィキペディアによれば、マレー語で”Rasa Sayang” インドネシア語では”Rasa Sayange”なのだというが、ほかに“Rasa Sayang geh”などいくつもの表記がある。YouTubeでマレーシアやインドネシアなどの動画を見ても、表記はバラバラだ。
 英語版ウィキペディアの記述でもっとも興味深かったのは、ラサ・サヤンという歌が日本映画「マライの虎」に出てくると書いてあることだ。P.ラムリーがマレー映画でこの歌を使うのが1960年、インドネシアでレコード化されたのが1962年とある。それが初レコーディングかどうかわからないが、62年といえば、私が日本で歌っていた頃だ。
 というわけで、この映画の音楽について調べるだけでも、じつにいろいろなことがわかってくる。

 *リンクを貼りつけたり、画像を入れたりと、元のワードの画面ではいろいろ工夫して完成しているのだが、このHATENAに移動させると、すべて飛んでしまう。というわけで、私の実力では文字しかない画面になってしまった。あしからず。