510話 またしても、棟方本

 本屋の棚で気になる本を見つけ、ページをパラパラとめくったら、「いかにも、前川好みの本だ」といわれそうな内容で、即購入決定! 帰りの電車で、バッグから本を取り出してよく見たら、著者に心当たりがあった。この著者の『スーパーマーケットマニア』(講談社)のヨーロッパ編とアジア編をすでに買っている。この2冊は外国のスーパーマーケットで扱っている商品をちょっと紹介したという内容で、女性雑誌の記事のようだったが、今度は日本国内だ。
 きょう買った『おいしいご当地スーパーマーケット』(森井ユカ、ダイヤモンド・ビッグ社)は、そのサブタイトルが「47都道府県で出会ったひとめボレ食品さん」というように、その都道府県で製造している商品を、地元のスーパーで買うという行脚をした本だ。著者は立体造形家でもあるので、商品選びに基本は「ずばり、パッと見てときめくデザインかどうか」にあるのだが、買っただけではない。即席麺の本と同じように、商品を食べたり飲んだりして、ちゃんと講評をしている。その文章がこれまた極小活字で組まれているので、またしても棟方志功となって、本に顔を近づけて読んだというわけだ。
 雑誌連載原稿の単行本化ではないようなので、47都道府県への取材は自費だろう。その時点で、すでに赤字企画だ。買い物の費用にしても、1県1万円だとしても、47万円。初版が3000部なら、初版印税は買い物代で消える。そのくらい、割に合わない作業だ。
 この労作というか道楽本をもっとも喜んで読んでいるのは、ネタ探しに苦労している「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ系)のスタッフだろう。例えば、こういう商品だ。滋賀のコンニャクは、血のように赤いのだ。画像は下に。
http://www.google.co.jp/search?q=%E6%BB%8B%E8%B3%80+%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%81%8F&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=gKW_UfzhM4n0lAXFwID4DA&sqi=2&ved=0CAcQ_AUoAQ&biw=1090&bih=728
 赤いコンニャクに関して、著者このようなコメントを書いている。「こんにゃく(山中商会158円)滋賀名物、赤コンニャク。マットな深い赤にぎょっとするが、滋賀ではこれがスタンダード。赤くないコンニャクはコンニャクのような気がしないのだとか。赤身の元は三二酸化鉄プリッと固く、とくにくせのない味」。解説をしておくと、マットとはデザイン用語で「つやのない、光沢のない」(matte)という意味。三二酸化鉄は三酸化二鉄のことだが、詳しくはご自分で調べてください。
 1県あたり10数個の商品について、濃淡の差はあるが、食べたり飲んだりするだけではなく、商品情報を載せている。それがたとえラベルに書いてあることだとしても、とにかく数が多いのだ。個々の商品に関する情報を集め、既定のスペースにその県の全商品の情報をうまく入れるのにも、ライターとしての技術が必要だ。
 この県に、こんなユニークな商品があるという「秘密のケンミンSHOW」的話題も楽しいのだが、全国のスーパーを回った著者がつかんだ印象のほうが、私には興味深く貴重だ。それを箇条書きにすると、こういうことになる。
■麩は、どうやらほとんどの都道府県で製造しているらしい。酒や味噌なら想像できるが、麩にはなかなか気がつかないものだ。
■その県で生産されていながら、その県ではあまり売られていない商品がある。岐阜の麩について、著者はこう書いている。「このたびの日本一周でとっても不思議に思ったのは、岐阜の周りの県では岐阜産の麩がこれでもかと溢れていたのに(しかもかわいらしいものばかり)、肝心の岐阜県ではそれほど売っていないこと」。こういう例がいくらでもあるという。
■県産物に、粉が多い。小麦粉、きな粉、団子粉(うるち米ともち米の粉を混ぜたもの)などは、パッケージを見ただけでわかるが、新潟の「こうせん」は初耳だ、説明には「大麦を煎った粉。母の子供の頃は近所に売りに来ていた。当時はちょっと贅沢なオヤツ。他の地域では『麦こがし』『はったい粉』とも」。「こうせん」を調べてみたら、漢字では「香煎」と書くらしい。大麦の粉は、富山や福井では「おちらし」。静岡では新潟と同じ「こうせん」、島根では「むぎ粉」、山口では「はったい粉」など。
 著者は言及していないが、焼酎のラベルデザインには傑作が多いというのが私の印象だ。そんなことにも注目しつつ、棟方志功となって、紙をなめるように読むのは楽しい(が、疲れる。時間がかかる)。
 付記:上の文章は6月初めに書いたものだが、「ケンミンSHOW」よりも早く、6月22日の「SmaSTATION」(テレビ朝日)でこの本が取り上げられた。やはり、テレビ番組の内容は薄い。それが必ずしも悪いわけではないのだが・・・。