516話 タマキングから、あの小松義夫さんと「建築家なしの建築」

 蔵前仁一さんの最新刊『あの日、僕は旅に出た』(幻冬舎)の出版記念パーティーで、タマキングこと宮田珠己さんに会い、世の中の変な物探しの話をした。世の中だけでなく、出版界もわからないなあと思ったのは、変な物本を書いている宮田さんの本の中では、一般受けを狙った『ジェットコースターにもほどがある』が、じつは「ホント、売れなかったんですよ」という。彼の本の中でももっとも受け入れられやすいテーマで、だからテレビ番組にも出演して本の宣伝をしたにもかかわらず、驚くほど売れなかったというのだから、出版というのはわからないものだ。読者はさらなる「変な物」を求めているのだろうか。
 「これからどういう物を書いていったらいいのか、わからなくなりましたよ」というから、タマキング本企画会議をふたりでやったが、私の実直&四角四面頭では新たな変な物企画はなかなか浮かばず、苦戦した。私には「ナンセンス」の才能がないのだ。
宮田さんと長い立ち話をしたあと、田中真知さんが小松義夫さんを紹介してくれた。会いたかった人と、やっと会えて言葉を交わすことができた。小松さんは、『地球生活記』や『地球人記』といった大型本や、新書版の『世界の不思議な家を訪ねて』など、住まいと人の写真を多く撮影している写真家だ。
 もうだいぶ前になるが、蔵前さんと『地球家族』(TOTO出版、1994)の話で盛り上がったことがある。1990年代の私は片っ端から建築の本を読んでいて、結局おもしろいのは有名建築家の作品鑑賞ではなく、さまざまな土地のさまざまな住宅だった。私の好奇心を刺激するのは、その地では普通の住宅だということに気がついていた。B.ルドフスキーの『建築家なし建築』(鹿島出版会、1976)という本があることは出版当時から知っていたが、読んだのはずっと後だが。読まなくても、その本の骨子はすでにわかっていた。建築への興味は、旅先で見かけた住宅とそこに住む人々の生活ということから始まっているので、建築雑誌の読者とはまったく違う関心分野なのだ。私は芸術作品に興味がない。
 やはり建築に興味を持っていた蔵前さんにそんなことを話し、「小松義夫さんの本もいいよね」という話になり、たぶんそれがきっかけだと思うが、「旅行人」誌上に小松さんの写真と文章が載るようになった。小松さんにぜひ会いたいとは思っていたが、この日のパーティーの場まで、お会いする機会がなかった。
 真知、小松両氏に前川の3人の雑談は、風呂や台所の話から洗濯の話になり泡へと話題が移って行ったところで、真知さんが「西洋では、なぜすすがないんでしょうかねえ」と言った。食器を洗剤で洗って、あまりすすがずに布で水滴をふくという習慣のことで、じつは私も疑問に思っていた。すすぎにも個人差はあるだろうが、西洋人は、日本人ほどには洗剤を洗い落とすことに。神経は使わないような気がする。「そう言えば、風呂もそうですね」と小松さん。私もその話をしようと思っていたところだ。映画などの知識でしかないが、西洋人はシャワーならよく洗剤を洗い落とすが、泡だらけの風呂に入ったときは、泡だらけのまま風呂から出てタオルかバスローブで水気と泡をふきとる。日本人が泡だらけの風呂に入ったら、そのあとシャワーで泡を洗い落とさないと気分が悪いと思うのだが、西洋人はそうではないらしい。西洋の昔の風呂は、湯をためるだけで、シャワー機能はないから、洗い落したくても洗えなかったのだろう。3人とも西洋文明にはあまり強くないので、勝手に想像はするが名回答が出ぬまま話題が飛び、真知さんが別の人と話すために抜けて、小松さんとふたりになった。
話題は建築に戻った。
 政府や企業などが、その威光を誇示しようとして建てた建築物には興味がない。それ以外の建築物でも、威光を誇示する建築物は嫌いだから、王宮や神殿や、教会など宗教施設にもほとんど興味がない。だから、世界遺産は私の関心範囲にはない。
 団地はおもしろいと思う。ただ、少数ながら存在する団地マニアの人たちとは、興味の方向が違う。私は、団地は機内食のようなものだと思っている。厳しい基準のなかで、どこまで個性が発揮できるのかという工夫や、同じ機内食を異文化で育ったさまざまな人々がどうのように食べるのかという差異が食文化研究として興味深いのである。団地に対する私の興味は住まいに「文化のクセ」を見ることであって、団地に美を見出そうとしているわけではない。世界の団地も、外見は同じようでも、室内はかなり違う。そこでの生活のしかたはもっと違う。その違いが興味深いのだ。
 小松さんとの短い立ち話は、やはりそんな話題から始まった。
 「企業や政府の偉そうな建築はおもしろくないですね」と私が言えば、すかさず小松さんは「建築家なしの建築がいいですよね」
やはり気が合う。一気に雑談に進む。
 「写真家が大変なのは、現場に行かないと撮影できないことですね。大変だと思いますよ。苦労して行っても、撮影の許可とか天候とか問題はあるし、カネはかかるし・・・・。ライターはズルをすれば、ネットの写真を見ながら原稿を書くこともできますからね」
 「そう、行くのが大変なんだよ」
 「電車で簡単に、というわけにはいかないことも多いので、レンタカーを使わないと行けない。だから、取材費がかかるなあと、いつも思っていますよ」
私が見たいと思っているが、交通が不便で行くことができなかった場所にある住宅も、当然小松さんは撮影している。決して秘境ではなく、ただの農村でも、1枚の写真を撮影するためにカネと手間がかかっているのは、私にはわかる。そんな話から、フィルム時代の荷物も重さ大きさのグチを言い合った。フィルムは高くて、重かったのだ。
 「デジタル時代に入って、コンピューターで夕焼けでも青空でも簡単に作れるようになりましたよね。昔のように、光線がうまい具合になる時刻まで待つなんてことは必要なくなったんじゃないですか」
 「でもね、あとで修正した写真は、やはりわかりますよ」
 まあ、手を入れた写真かそうでないかはわかるから、富士山写真家が、ちょうどいい光線を求めて毎日歩いているのだろう。
 このあと、次々にテーマが変わる雑談をした。パーティーでの立ち話だから、小松さんを長時間占有するわけにもいかず、短い時間であったがじつに楽しい時間を過ごした。