1222話 プラハ 風がハープを奏でるように 31回

 建物を見に行く その2 団地

 

 「誰がこんな場所の宿を予約したんだよ!」と悪態をつきたくなったが、私が予約したのだから誰にも文句が言えない。

 プラハに着いたら、とりあえず2週間ほど滞在して、そのあとちょっと地方巡礼に出ようかと考えていたのだが、日本で予約する段階で、その宿の6日目だけが満室だった。1日だけ別の宿を探し、また同じ宿に戻って来ようかとも考えたが、不便なのだ。たとえ近所の安宿に空室が見つかっても、10時までに宿をチェックアウトして、しかし次の宿のチェックインは2時以降だから、荷物の管理など面倒が多い。だから、6日目以降は別の宿で過ごすことにした。プラハの違う場所に滞在するのもおもしろかろうと思い、料金が安い宿を探して日本で予約した。

 2番目の宿が郊外にあるということはなんとなくわかっていたが、実際にプラハを知らずに予約したので、どの程度の「郊外」かわからない。地図で確認すると、地下鉄駅からだいぶ歩くようで、しかも複雑な場所にあるようだから、引っ越し前日に下見に行った。荷物を持ったままウロウロと歩き回って宿探しをしたくなかったのだ。下見に1日使うのだから近所の宿に泊まっても同じだったが、旅行者があまりいない郊外生活はおもしろそうじゃないか。だが、どの程度の郊外かわからずに予約した宿だ。

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 プラハ中心地の「新市街」の住宅。築100年以上の住宅だ。

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 プラハ中心部から地下鉄に乗って郊外へ。

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 低層の集合住宅が続く街並みを歩く。

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 次回に書くように、団地だが、1階入口にもドアがある。防犯と防寒用か。

 それで、冒頭の悪態だ。地下鉄駅から徒歩15分。団地を抜けて戸建て住宅地に入り、自動車が入れない裏道を通り、やっと目的の宿に着いた。一軒家の宿だが、管理者は同居していないから、いわゆる民宿ではない。宿の支払いは予約時にクレジットカードでやるから、管理員はカギを渡すだけだ。掃除やシーツなどの洗濯はパートのおばちゃんがやる。

 郊外生活の話はいずれ機会があればするが、今は建築の話をする。しばしの宿は一戸建てだが、宿用に大幅にリフォームされているので、チェコ人の住まいを知る参考にはならない。建物は、日本の建て売り住宅よりもやや大きいという程度だが、敷地は広く、裏庭で洗濯物を干すようになっている。日本風に言えば、80坪くらいの二階建て住宅だ。

 近所のアパートは5階建ての低層のものと、それ以上の中層のものがあり、時代的には低層のものが古いだろう。時代的には、1950年代以降色々ありそうだ。郊外で建物探検をやったあと、後日その写真をジョージアから来た留学生に見せると、「ああ、共産主義住宅か!」と吐き捨てるように言った。嫌な時代の象徴的な建造物ということなのだろう。

 彼の言葉を聞いて、共産主義団地の話を思い出した。その学習はすでにしていたことを思い出したのだ。『団地の空間政治学』(原武史NHK出版、2012)から、ポイントを書き出す。

・郊外の集合住宅群はソビエトから始まる。小規模のものは、ベルリンやウィーンにもあったが、大々的な集合住宅群、つまり団地は、フルシチョフ時代のソビエト、1954年から始まる。集合住宅の効率的な建設方法などを工夫した。

・第2次大戦で都市が焼けた国に団地ができた。アメリカなどは、郊外に戸建て住宅群を作ったが、団地は作らなかった。

・日本では、関東大震災後の住宅問題解決のひとつとして、同潤会アパートを作り、それをもとに住宅営団を作り、戦後に日本住宅公団となる。1956年の日ソ共同宣言で国交が回復すると、公団の職員が団地建設の視察にソビエトに出かけている。

 天下のクラマエ師こと旅行人CEO蔵前仁一氏からは、前川は旅先で有名建築家の作品を鑑賞せずに団地に行く変な人と幾度か書かれたが、政治学や居住学、文化人類学研究としても、私には団地はなかなかにおもしろいテーマなのである。

 『団地の空間政治学』には、アメリカは団地を造らなかったとあるが、それは正確ではない。日本のニュータウンのような団地はないが、アパート群はある。The Projectsという語には「団地」の意味もある、The housing Projectsの略だからだ。

 アメリカにおける団地の興亡は次の資料でよくわかる。

https://www.youtube.com/watch?v=7eGTU_uXLKk

 あるいは、これも。

https://en.wikipedia.org/wiki/Public_housing_in_the_United_States

 このThe Projectsに気がついたのは、次の歌がきっかけだった。”Ain’t no chimneys in the projects”は、「団地にサンタが来ないのは、煙突がないから」というアメリカの歌だ。

https://www.youtube.com/watch?v=N3jvDeHLkgo

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 中層住宅は、日本の風景と変わらない。