いつもは読んだ本の話をしているのだが、今回は本を手に入れるまでの話をしてみよう。
最近は書店で本を探すことがめっきり減った。近所の本屋にもそれほど多くは行かない。気になる雑誌の点検と文庫や新書の新刊を書くくらいだ。神田巡りをやるのは数カ月に一度くらいだし、現時点では日本で一番好きな書店である池袋のジュンク堂にもときどき出没し、このときは小説や理系専門書、そして実用書などを除けば、ざっとではあるが多くの棚をチェックするのだが、やはり書店に行くのは、昔と比べればいまや非日常的な行為で、通常はアマゾンを使っている。私は新刊だけを追っているわけではないから、ネット書店の方が使いやすい。
私が読みたい本のジャンルや書き手といった検索語が日本語と英語を合わせて数十はあるから、そういう語での検索を年に何回もやる。それと同時に、「文庫・新書の新刊」という検索もやる。文庫や新書は、出版点数があまりに多いので、書店に行っても新刊の全貌はなかなかわからない。だから、ネットで検索したほうが便利で早い。ただし、昨今の新書で「ぜひ読みたい」という本は少なく、「読んで、よかった」と思える本はもっと少ない。小説を読まないので、文庫のチェックもあまり熱心ではない。講談社ブルーバックスや講談社学術文庫などは、ふだんは熱心にチェックしないので、たまに集中的にチェックする。
ネット書店での検索はスケジュールが決まっているわけではなく、本を読んでいて疲れてネット遊びを始めたり、読んでいる本の内容をもっと知りたくなってネットで調べ物をしているうちに関連書を見つけ、買おうかどうか考えてネット書店をモニターに出したことから、本探しの遊びが始まることもある。
9月初めのある日、「香港」をキーワードにアマゾンで検索してみた。その理由は、ここ1年ほど香港本のチェックをしていないからというだけのことで、香港の何かを調べたくなったというわけではない。キーワードが「香港」だけでは数千冊がヒットするので、「出版年が新しい順」に並び変えると、ここ1年ほどに出た香港本の概要がすぐにわかる。
おもしろそうな本がヒットした。『香港ストリート物語』(小柳淳、TOKIMEKI−パブリッシング、2012)は、1年前に出た本なのに今まで知らなかった。この著者の本はすべて読んでいて、内容に心配はまったくない。おもしろいとわかっている本だ。しかし、すぐさま注文する気にはならない。税込定価が1680円なのだが、アマゾンでは新刊の販売はなく、マーケットプレイス(古書扱い)で、定価よりだいぶ高い。これはどうしたわけだ。よくできた本だということは確かだが、だからといって1年で完売するとは思えない。そんな時代ではない。定価から考えれば、限定500部という少部数出版ではない。
「スーパー源氏」や「日本の古本屋」といったネット古書店に当たってみたが、そもそもこの本は販売リストにない。翌日、神保町に行ったので、三省堂で在庫検索をしたら、「在庫なし」という結果だった。その足で、すずらん通りの中国専門書店東方書店にあるかもしれないと思い行ってみた。結果は、店になく、「版元切れ」ということだった。つまり、出版社にも在庫がなく、しかし増刷していない。「品切れ、増刷未定」というのは、現在の常識では「絶版」に等しい。増刷したら赤字になりそうだから、そのまま絶版にしておこうということだろう。
さて、どうする。「もしかして・・・」と一縷(いちる。縷は糸、糸のように細いもの)の望みで、近所の図書館の蔵書検索をしたら、なんと、あった。すぐさま借りてきてページを開いたが、1ページも読まずに閉じた。すばらしい本だから、借り物では読みたくない。書評をするとなると、その本が手元にないと困る。だから、できることなら手に入れたい。どうやって手に入れるかふたたび考えてみた。
そうだ。数年前にも同じようなことがあった。地方の小出版社から出ている本を手に入れたくていろいろ探した結果、在庫があったのはジュンク堂だった。すぐさま会員登録して、通信販売で買った。ジュンク堂の通販は、現在「丸善&ジュンク堂」になっているが、以前と同じように検索すると、あっけなく見つかった。この書店なら手に入る。すぐさま注文した。アマゾンなら翌日配達だが、丸善&ジュンク堂も送料無料だが2週間ほどかかった。おそらく、どこかの支店にある本を通販部門に送ってきたのだろう。
届いた本のページをめくっているだけでも、うれしくなる。おもしろいことにきまっている。第1章は香港の最新道路事情に疎いとなかなか理解できない話が続くが、第2章以降は、消火栓や看板の話など、香港に関してそれほど知識がなくても、街歩きや都市への興味があれば、おもしろく読める部分もある。しかし、全体的にみれば、香港に関して並み以上の興味や知識がないと楽しめない本だろう。この本を店ガイドだと思って買って失敗したという感想が、アマゾンのカスタマーレビューにでていて、5人が「同意」している。香港の本はすべてガイドだと思っている人が少なくない例証か。
香港小ネタをひとつ紹介してみようか。1866年、香港政庁は独自の通貨を発行しようと造幣局を作るが、いままで通りメキシコドルを使う者が多く、新通貨は拒絶された。そこで、新通貨発行は中止になり、造幣局の設備と土地も払い下げられた。手に入れたのは、アヘン貿易で大儲けしたイギリスの大財閥ジャーディーン・マセソン。造幣設備の売買にあたった貿易商人が長崎のグラバーで、日本政府が購入したその設備は大阪に送られて、大阪造幣局になった。おまけに、香港の造幣局長は日本に渡り、造幣業務の官吏になっている。かつて香港の造幣局があった通りを調べて、話がこういう方向に向かう。
こんなおもしろい本を書いてくれる小柳淳が、香港にいることの幸せ。ほかの街に小柳淳のような人がいないことの不幸。
これからしばらく日本を出る。香港ではないが、もう30年ほど行ってない国だ。旅行中に旅先から更新するような器用なマネはできないので、このページは11月まで休業する。「更新していないぞ、変だ! 何があった?」などとあわてないように。旅に持っていく本は、『魚の博物事典』(末広恭雄、講談社学術文庫、1989)。もう1冊は、たぶん植物の本になるでしょう。どうせ旅先で大量に本を買うから、日本から持っていった本を読んでいる時間などないのはわかっているのだが・・・・。