574話 排泄文化論序章朝鮮編  その3

 『庶民たちの朝鮮王朝』 2


 『庶民たちの朝鮮王朝』を読む前に、朝鮮半島では人糞肥料を使っていたという事実はすでに知っていた。韓国ドラマ「イ・サン」(韓国で2007〜08年放送)だった。18世紀後半の時代設定だ。高官のホン・グギョンが下野してついた職が、肥担ぎだった。そのシーンを見て、驚いた。日本では天秤棒を使って二つの桶で運ぶが、朝鮮では桶状のものを背負うのだ。朝鮮には、天秤棒で物を運ぶ習慣がなかったのかなどと疑問が広がった。最近の韓国ドラマでは、「Dr.JIN 日本版」(韓国で2013年放送。日本のドラマ「JIN―仁―」の韓国版なのだが、それが「日本版」となっているいきさつは複雑なので、ここでは説明しない)にも、肥担ぎ用の樽が登場する。このドラマでは、なんと王族のひとりが背負うという設定になっている。
 日本では天秤棒担ぎとは、桶など運ぶものを前後に振り分けて運ぶのだが、朝鮮では背負子(しょいこ)に棒をつけて、体の左右に荷物をつるすようだ。前回紹介した韓国ドラマ「Dr.JIN」の第一回放送で、その映像が見えた。背負子を使ったものは他にも見つかったが、日本式に前後振り分け式があるのかどうかは、まだ調べがつかない。背負子を使った液体運搬のようすは、次の画像などで。
 http://datefile.iza.ne.jp/blog/entry/2075083/ あるいは、次の写真から「水運びをする姉妹」の像を探す。http://4travel.jp/travelogue/10265182
 ちなみに、日本で人糞肥料を使うようになったのは鎌倉時代かららしい。裏作に麦を栽培する二毛作が始まり、いい肥料が必要になったというのがその理由らしい。人糞肥料を使うようになって、この時代から農産物生産量は飛躍的に増えた。また、江戸時代の百科事典『守貞謾稿』(もりさだまんこう)の文章を要約すると、こうなる。上方では便と小便は別々に集め、それぞれを肥料にした。そのため、小便を集める公衆便所のようなものが路上にあった。江戸では便だけが重要だと考えていたので、男女とも小便はその辺の溝にしていた。だから、江戸では屋敷周辺に「小便無用」の札が立っていた。これが江戸時代前半の事情で、後半は江戸にも公衆便所ができてきたようだ。
 インターネットでいろいろ情報を探していたら、おもしろい論文を見つけた。神奈川大学で行われたシンポジウム「非文字資料とはなにか ―人類文化の記憶と記録」(2006)で発表された「排泄の民俗と民具 ―済州島韓半島舟山島の比較」(高光敏)がなかなかおもしろい。筆者は、韓国済州大学付属博物館研究員。
http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10487/6274/1/27%20114-121Japanese.pdf 
 この論文をまとめると、済州島では沖縄と同じようにブタ便所があったことがわかる。1937年の時点では、島のほとんどの家庭ではブタを飼育していた。ブタ小屋が人間用の便所であり、排泄物はブタの餌になる。そして、ブタの排泄物は畑の肥料になるというシステムだ。
 「朝鮮半島の便所は、もともと穴厠式であった。土に穴を掘って、その上に板を2つ並べかけ、そこに座って用を足した。人糞は穴に貯えられた。人糞が腐ってくると、その水分が土に染み込むこともあった。これを防ぐために人糞の上に灰や籾殻を捲いた。灰や籾殻は、水分を吸収するだけでなく、人糞と一緒に腐って肥やしになる」
 沖縄のブタ便所について知りたい人は、『沖縄トイレ世替わり ―フール(豚便所)から水洗まで』(平川宗隆、ボーダーインク、2000)が貴重な資料になるのだが、ここでの話は朝鮮半島だ。朝鮮の肥料と農業について何か資料はないかと探していたら、実にすばらしい本を見つけた。『写真でみる朝鮮半島の農法と農民』(徳永光俊・高光敏、高橋甲四郎編、未来社、2002)は、少々説明が必要な本だ。
 朝鮮総督府農業試験場の高橋昇は、朝鮮全土を歩いて膨大な資料を残した。その資料をまとめたのが『朝鮮半島の農法と農民』(高橋昇著、飯沼二郎・高橋甲四郎・宮崎博史編、未来社、1998)で、読みたいなと思って調べたら、定価97000円。9700円は高いなあと思ったがよく見ると、0がひとつ多かった。しかも、いまはプレミアがついて、定価以上の値で取引されている。10万円以上だ。というわけで、手が出ない本はあきらめた。この話を、国立民族学博物館の朝倉敏夫さんにしたら、忙しいなかわざわざ民博の図書館にある現物を調べてくれて、「この本には、便所に関するまとまった記述は見つかりません」とのことだ。
 さて、困った。ほかに何かいい資料がないか探したら、この高価な本から写真を取り出して解説した本があると知り、さっそく手に入れた。こちらは、高くない。それが『写真でみる朝鮮半島の農法と農民』 だ。その話は、次回に。