626話 パソコン導入直後 その3

 今回の通しタイトルは「パソコン導入直後」だが、直前にも大問題があったことを思い出した。貧乏なフリーライターは、クレジットカードを持てないという大問題だ。
 私はクレジットカードとは無縁のまま生涯を終えると思っていた。アメリカを旅しているときに、クレジットカードを持っていないことで信用されなかったが、旅を続けられないというほどの不都合はなかった。だから、天下のクラマエ師(パソコンを初め、様々な事を教えてくれるので、名に師をつけている)に、「いよいよ、パソコンを買わなきゃいけないかと思うんだけど・・・」と言うと、「それは大賛成だけど、前川さん、クレジットカードは持ってる?」と聞かれた。クレジットカードとパソコンの関係がわからない。パソコンはクレジットカードで買わなきゃいけないものじゃないだろう。
 「プロバイダー料の支払いは普通、クレジットカード決済なんですよ。調べれば、月々銀行振り込みというのもあるそうだけど、面倒でね、う〜む」
 安いパソコンを買うカネはあるが、貧乏ライターにはクレジットカードは遠いものらしいことは、そのちょっと前に、山口文憲さんのエッセイで読んだことがあった。今は京都精華大学教授だそうだが、文章家の呉智英(ご・ちえい)氏は、『バカにつける薬』(1988)で大ヒットを飛ばしている頃、クレジットカードで支払っているのを見た山口さんは大いに驚いたのだが、そのカードを見せてもらうと、なんとゴールドカードだったのでさらに衝撃を受けた。ちょっと前まで山口氏と同じ貧乏文筆業仲間だったのに、なんという成金ぶりだ。「あの人が持てるなら、私だって可能だろう」と思ったが、身の程をわきまえている山口氏は、Amexとかvisaといった普通のクレジットカードは作れそうにないが、近所の西友に行けば、自分でもクレジットカード付きの会員証が作れるはずだと思った。さっそくセゾンカードを申し込んだら、ひと月後に「誠に申し訳ございませんが、今回は・・・」という手紙で、拒絶を伝えてきたという。ああ、オレは、たかがスーパーの会員にもなれないのかと、貧乏ライターの悲哀が身に染みたというエッセイだ。出典を探すのが面倒なので、記憶のままに書いているから、セゾンカードではなく、西友カード(そういうカードがあったかどうかも知らないが)だったかもしれない。
 この話を知り合いのライターにしたら、皆、「そうそう、そうだよ」。貧乏人ライターの「あるある」だ。
 「ちょっと前だけどね、突然、ウチに銀行の人が来てね、クレジットカードを持ってほしいというセールスなんだよ。だから、『貧乏ライターですから、クレジットカードは持てません』と何度も言ったんだけど、『大丈夫です。お任せください。うまくやります』と言うから、「それならば」と、書類に記入して申し込んだんだよ。そしたらさ、ひと月ほどして、『誠に残念ですが、今回は・・・・』っていう手紙でさ、失礼千万だよな」
 女性ライターに聞いた。
 「私はOL時代にクレジットカードを作ったから今も持っているんだけど、友達のライターは、デパートやスーパーの、クレジットカード付きの会員カードを狙っていて、〇〇スーパーなら取れそうとか言ってたな」
 旅生活を続けてきた貧乏ライターに聞いた。
 「俺は長い間日本を離れていたし、まともにはクレジットカードを取れそうにないので、帰国後は姉のクレジットカードでプロバイダー契約をしたよ」
 貧乏ライター兼大学講師の友人
 「学生は親の信用でクレジットカードが作れるのに、教師である僕はダメなんだよ。非常勤講師じゃね。だから、勤め人のカミさんのカードでプロバイダー契約したんだよ」
 「会社経営者なら、安心ですよね」と天下のクラマエ社長にいうと、
 「逆なんですよ。社員は毎月給料が入るから安定した職業とみなされるんだけど、ウチみたいな零細企業の社長ってのはダメなんですよ。この前、クレジットカードのセールスが来たから、『ゴールドカードを作ってくれるなら、入ってやるよ』と言ったら、笑ってごまかされた」
 さあ、私はどうしよう。伊勢丹高島屋のカードはハードルが高そうなので、イトーヨーカ堂のカードなら、もしかしてうまくすり抜けられるかもしれないと思い、書類をもらってきた。それと同じころ、普段のカネの出し入れは、遠くの銀行よりもすぐ近くの郵便局の方が便利だろうと思い、生まれて初めて郵便局の口座を作ろうかと考えた。キャッシュカード作成の書類を見ていたら、クレジットカード機能付きのキャッシュカードがあって、「もしや?」とひらめいた。
 貧乏ライターのクレジットカード作戦は、第1弾は郵便貯金カード、それでダメなら第2弾としてイトーヨーカ堂のカードにしようと考えた。その結果、なぜか最初の作戦で成功し、VISA付き郵便貯金のキャッシュカードを手に入れることができた。そして、いよいよパソコン購入に向かったという、貧乏ライターゆえの長い苦闘の歴史であった。
 世間の中央を正しく歩んできた人は、「パソコンを買おう」と思えば、購入代金を用意すればいいだけのことだが、世間の脇道を行ったり来たり、しゃがんだり寝そべっったりして生きてきた私のような者は、クレジットカードという関所をくぐる工夫をいろいろしなければいけなかった。
 VISA付き郵便貯金のキャッシュカードは、郵便事業の民営化により、「ゆうちょ銀行 CASH CARD」と、「VISA付きSAISONカード」に分離した。