640話 駅そばの東西比較

 
 
 駅や街なかにある立ち食いそばがちょっと注目を浴びているようで、関連書が何冊も出版されている。このアジア雑語林でも、第480話で、『ご当地「駅そば」劇場』(鈴木弘毅、交通新聞社新書、2010)を紹介しているが、同著者、同出版社による『東西「駅そば」探訪』(2013)も読んだ。立ち食いそば店ガイドには用はないが、この本のような食文化の考察だと、食指が動く。「駅そば」というのは、著者の定義で駅構内か駅周辺で、そばやうどんを食べさせる店のことだ。ちょっと前には「立ち食いそば」などと呼んだが、椅子とテーブルを置いた店が増えてきて、総称として「立ち食い」とは呼べなくなってきた。
 著者が調査したのはそういう店で、うどんのチェーン店や、チェーン展開していない町のそば屋などは除外される。
 その昔、関西の芸人がテレビで、「東京ではそば屋ですが、大阪ではうどん屋といいますね」と語っていたのを覚えている。この本によれば、関東の店は「〇〇そば」がほとんどだが、関西では「〇〇そば」と「〇○うどん」が混在していて、のぼりでも、「うどん」という表示が圧倒的に多いというわけではないそうだ。そばとうどんの売上比を調べてみると、関東では「そば7:うどん3」で、関西は「半々」という回答が多かった。関東では「そば9;うどん1」という店があったが、関西ではうどんが9割になる店はないという。もちろん、うどん専門店は調査対象ではない。
 「関東はカツオダシ、関西は昆布ダシ」とよく言われるが、それは正しいのかという考察もしている。関西の店で、「昆布は使わない」という店はあっても、「昆布だけ」という店には出会っていないそうだ。
 このように、細部にわたって検討し、全体を見ようとする姿は、食べ物の本と言えば店ガイドばかり出版されるなかで、非常に貴重だ。駅そばをほとんど食べたことがなく、知識も乏しい私だが、比較食文化論の本として、なかなかにおもしろかった。
 関西と関東で、汁やネギなどに違いがあることは知っていたが、天ぷらの地位の違いは知らなかった。関東は店で揚げることが多いが、関西では出来合いのものを業者から仕入れるのが普通らしく、関東のようなバラエティーはない。関西では、ご飯物のメニューも少ないらしい。関西のご飯物というのは、おにぎり、いなりずし、ちらしずしなどあらかじめ調理したご飯を用意しているのだが、関東では白飯を用意しているので、ご飯の上にカレーや各種天ぷらなどをのせて、何種類でもご飯物を作ることができる。
 関西ならではのメニューは、刻んだあぶらあげをのせた「きざみそば」、おぼろ昆布をのせた「おぼろそば」、梅干しをのせた「梅そば」、名物として有名な「にしんそば」、かす(牛の内臓をカリカリになるまで揚げたもの)をのせた「かすそば」など数多い。一方、関西在住者から見たら、「いか天そば」、「きのこそば」、「納豆そば」、「めかぶそば」などが関東の特徴的そばらしい。詳しい説明は省略するが、関西には「もりそば」はない。
 私個人の関心テーマは、駅そば事情ではなく、「讃岐の波を関西はどう対処するか」だ。この話はすでに316話で少し書いたが、讃岐うどんの大波は日本各地から世界へと延びている。「丸亀製麺」と「はなまる」の2大チェーン店だけで、大阪(75店)と兵庫(78店)に対して、妥協しないうどん文化がある京都は21店と、その抵抗ぶりがうかがえる。
 店名からしても、「はなまる」の類似チェーンのような「つるまる」は大阪うどんのチェーンだが、店のシステムは、讃岐うどんでおなじみのセルフサービス方式を採用している。駅そばの世界にも、讃岐の波が着々と押し寄せている。