1742話 大阪の天ぷら定食

 神保町の天丼の話を書いていたら、大阪の天ぷらを思い出した。

 初めて天神橋筋を歩いたのは、天六天神橋筋六丁目)にある大阪市立住まいのミュージアムに行った時だ。館内に江戸時代の長屋が作ってるのだが、ここに来る最大の楽しみは、桂米朝師匠のやさしい大阪弁の解説が聞けることだ。

 特に用はなくても、梅田方面から天神橋筋という散歩もしている。その日も夕方の天六にいた。いつものように歩いて西成まで下る2時間か3時間ほどの帰宅散歩に入る前に、ここで何か食べていこうと思った。新今宮駅周辺は飲み屋はあっても食事処のバラエティーがなく、新世界に出ると、観光客相手の串揚げ屋はいくらでもあるが、私好みの安くてうまい店は少ない。

 天六から南下し、カラッポの胃袋と共に右や左の路地に入り、良さそうな店を探した。多分30分以上歩いて良さそうな天ぷら屋に行きついたのだが、場所も店名も覚えていない。インターネットで、その辺の天ぷら屋を探したのだが、「このあたりかな」と思うあたりに天ぷら屋はない。天五か天四(天神橋筋五丁目か四丁目)あたりで、天六から下って右側の脇道に入り・・・と、その日の行動を思い浮かべた。讃岐うどんの店があったのを思い出した。讃岐うどんは大好きだが、「なにも大阪で食わなくてもなあ」と思った。いくつかの情報を総合すると、天神橋筋から折れたのは、天五中崎通商店街だったと思うが、ネットではそのあたりにも天ぷら屋は見つからない。

 その店は、神保町の天ぷら屋にも似て、白木の戸だったと思う。その戸を開けると、カウンターが見えた。真新しい店だとわかった。50代と60代の夫婦がふた組。料理人は痩身の30代。端正という感じの料理人で、すしやてんぷらの職人のイメージ通りだ。

 「天ぷら定食をください」と注文すると、「お飲み物は?」と聞かれ、「お茶をください」といった。すぐさま、お茶が出てきて、しばらくすると和紙を敷いた竹ざる、味噌汁、ごはん、漬け物が出てきて、揚げたての天ぷらが1品出てきた。

 文句なく、うまい。私がいつも食べている天ぷら定食は、「はい、おまち!」と5品か6品の天ぷらがまとめて出てくるのだが、そこは1品ずつ出す事にしているらしい。

 ふた組の夫婦は、「そろそろエビもらおうかな」とか「白身の魚は何があるの?」などと料理人に話かけている。そういう高級店なのだと少々おじけづいたが、店頭に天ぷら定食の値段は表記してあり、だからこの店に入ることを決めたのだから、高額なわけはない。それがいくらだったか思いだせないが、1000円程度だったと思う。

 ほかにも、頭の中には疑問がいくつかあった。私を含めて5人の客も料理人も、誰も関西弁をしゃべっていないことだ。今、大阪にいるという実感がなかった。

 「天ぷら定食は、いったい何品出るんだろう」という疑問もあった。料理がまとめて出てくれば、飯との配分を計画できるのだが、何品出てくるのかがわからないと、どんなペースで飯を食えばいいのか予定が立たない。

 エビの天ぷらが出てきて、もう40年以上前に読んだ荻昌弘のエッセイを思い出した。ちゃんとした天ぷら屋は、エビのしっぽもカリっと揚がっていてうまいというもので、それ以後エビのしっぽは残さないことにした。この店のエビはしっぽまできちんと揚がっていて、カリカリした食感が楽しい。

 私は食味エッセイはめったに書かないのだが、こんな具合にあの店のことは書きたくなった。