パスポート?
沖縄復帰50年記念番組が数多く放送されている。そのなかで、「復帰前は、沖縄と日本本土間の渡航にはパスポートが必要でした」という話が何度も紹介されているが、旅行史研究者としては、「それは、ちょっと違うなあ」と言いたくなる。
日本人はとくに理由がなくても、1964年以降ならパスポートが自由に持つことができるようになった。もし沖縄に行くのにパスポートが必要なら、日本本土から沖縄に行く際は、そのパスポートを使えばいいはずだが、そうはならない。
沖縄がアメリカ統治下にあるからと言って、沖縄住民はアメリカ人ではないから、アメリカのパスポートは取れない。沖縄は日本ではないから、当然、日本のパスポートも持てない。だから、「パスポートを持って渡航」という説明は間違いだ。
沖縄人が日本本土に渡るには、アメリカ軍が沖縄に設けた統治機構である琉球列島米国民政府(United States Civil Administration of the Ryukyu Islands)が発行する「日本渡航証明書」が必要だった。一方、日本本土から沖縄に渡るには、日本の総理府が発行する「身分証明書」が必要だった。日本人のパスポートは外務省が発行するものだから、総理府が発行する「身分証明書」はパスポートではない。
そのいきさつは、経験者の次の話でよくわかり、証明書の写真もある。
https://mainichi.jp/articles/20220504/k00/00m/040/153000c
ドル両替
日本人の海外旅行史の研究をしていて、しかも沖縄関連のことを少しは調べていて、沖縄返還に際して米ドルから日本円の時代に変わるということは知っていたのだが、それをニクソン・ショックとの関連で考える頭がなかった。不勉強もはなはだしい。
1971年のニクソン・ショックはふたつあった、ひとつは、突然、ニクソン大統領が中国を訪問したことで、1979年の中国との国交樹立につながる行為だ。もうひとつのニクソン・ショックはドル・ショックとも呼ばれている。アメリカ政府は貿易赤字を克服するために、ドルの価値を下げて、輸出を伸ばそうとしたと簡単に説明しておこう。ドルの価値が下がれば、アメリカ製品が安くなり、貿易収支が良くなると考えたのだ。ドル安に誘導すると宣言したドル・ショックは、1971年8月15日のことだ。
日本にとって、ドルが安くなるということは、日本円が強くなるということだ。1971年当時、米ドルは1ドル=360円に固定されていたが、このドル・ショックにより固定できなくなった。71年後半には310円台になり、72年には約300円になった。日本人にとっては、「海外旅行が安くできる」とか「外国製品が安く買える」ということなのだが、米ドルで暮らしている沖縄住民にとって、72年の復帰後には手持ちの財産が大幅に減るということだ。
復帰の際して、日本から大量の日本円を沖縄に送ったという話は知っていたが、不勉強にも、「1ドル=360円で両替作戦」を極秘で行ったという話は、NHK番組の再放送で初めて知った。手持ちのドル札に印をつけて、印のあるドル札だけを360円で両替するというものだ。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/952516
資料は『ドキュメント 沖縄経済処分――密約とドル回収』ほか何冊かある。
通貨が急に変わるという事態はビルマやインドでは大混乱を起こしたが、日本では苦労は多かったが混乱は少なかったらしい。