679話 きょうも散歩の日 2014 第37回

 蚤の市


 バルセロナ最後の日は、旅の最後の日でもあった。午後1時ごろまでに空港に着いていればいいので、午前中はゆっくり過ごせる。いつものように早起きして、いつもの店で朝食を食べて、地下鉄で蚤の市に向かった。以前にトラム(路面電車)遊びをやったときに蚤の市会場のすぐ前を通ったのだが、その日は開催日ではなかったので、車窓から趣味の悪い屋根を見ただけだった。
 バルセロナの蚤の市(Els Encants)は、ネットでは「ヨーロッパでもっとも古い蚤の市」だという情報もあるが、野外市場なのだから、「古い」といっても何かが残っているわけではない。最近までは野外の市場だったようだが、2014年9月に趣味の悪いステンレスの屋根がついた専用会場が完成した。6月に完成予定だったそうだが、雨漏りがして、補修工事をしていたせいで、完成が9月にずれ込んだそうだ。こういう屋根ですが、どうです? 「すばらしいと思う者は、一歩前に出ろ! 」と言いたい。
http://crea.bunshun.jp/articles/-/4102
 バルセロナは「建築」で売り出そうと考えて、目立つものにカネを出しているようだが、つまらない公共事業だと思う。税金の無駄使いだ。
 さて蚤の市そのものだが、想像通りのガラクタ市と、新品の衣料品などを売る店の両方がある。蚤の市は週に4回開催ということになっているのだが、すべての店が週4回の営業なのかどうか調べていない。屋根ができたことで、営業する気なら毎日でもできる。露店ではなく、店舗スペースもあるから、夜は商品を店に置いたままにできる。
 ガラクタに人気はなさそうだが、人が集まっていたのは新品の衣料品店ではなく、ガラクタ屋や工事用具店と古本屋だった。工事用具というのは、塗装や電気工事などの道具や部品などだ。昔は盗品があったかもしれないが、今は工事で残ったパイプやネジなどを集めたとか、廃業した配管工の商売道具を安く買った(あるいは、その当人)かもしれない。同業者か日曜大工かわからないか、商品を物色している男はかなりいた。
 想像した以上に古本屋が多かった。店舗を構えているのは階上の本屋で、何軒もある。書棚にきちんと本を並べているのだが、売れそうもない世界文学全集のような本ばかりで、もしかすると古書ではなく、出版社の在庫処分品かもしれない。床にそのまま本や雑誌を山積みした1階の古本屋は、ゴミの山でしかない。店主も客も、欲しい本を探して、床に置いた本の上を何のためらいもなく土足で踏んでいく。当然ながらスペイン語とカタラン語の本がほとんどで、わずかに英語の本が見える。ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』があったが、日本語でも読む気のない本だから、もちろん買わない。昔のスペインが写真でわかる古雑誌にはちょっと興味をそそられたが、「スペインの本を書くわけでもなし」と思ったら、資料を買っておこうという気にはならない。
 蚤の市の雰囲気は、屋根のない時代のほうが良かっただろうが、雨の多いこの地の気候を考えたら、屋根はあった方がいいのだろう。ジューススタンドもできているから、雨にぬれずにジュースが飲める。
 のんびりと蚤の市を散歩しても、まだまだ時間はある。近くの工事現場で、石やレンガを積んでいるのをしばらく眺めた。規模の小さな工事現場は、見る見るうちに様子が変わるので、1時間見ていても飽きない。じっと眺めていると、不審者と思われないだろうかと心配になってきて、サンタ・カテリーナ市場に向かった。観光客がほとんどいない市場だから、そこのバルならのんびりと食事ができる。街を歩きながら、その市場での食事をスペイン最後の食事にしようと決めた。トリッパ(牛の胃袋)のトマト煮がうまかったから、また同じものを食べるか、それとも別の料理にするかなどと考えているのが、スペイン最後の、そしてこの旅の最後の散歩となった。
 今回が最終回のような文章だが、旅の話は趣向を変えてまだ続く。もうしばらく、おつきあいいただきたい。