680話 きょうも散歩の日 2014 第38回

 雑話いろいろ その1


 旅行をして、「行った。撮った。書いた」というだけの旅行記が今のトレンドなのだろうが、行っただけでおもしろい旅行記を書きあげる力は、私にはない。だから、原則として1回読み切りの話題でこの連載を続けてきた。さて、ここからは、その1回分にもなりそうにない短い旅の話や、発表した後から気がついたことや、あらたに入手した情報といった断片を、「雑話」として書いていくことにしよう。私は、こういう枝葉末節、多くの人が「取るに足らない些末なこと」と考えている事柄に興味があり、すでに書いた文章に手を入れながら折に触れて加筆しているうちに、補足や増補や注釈のような文章がどんどん長くなってしまった。
■まずは、気に入った2本の通りの話からしよう。
カサ・ミラサグラダ・ファミリアという超有名建築物のちょうど中間あたりに、サン・ジョアン通りがある。カタルーニャ語ではPasseig de Sant Joanと書く。Passeigというのは、カタルーニャ語で「大通り」のことで、たしかに幅の広い通りだ。歩道、車道、広い公園、車道、歩道という順に構成されている大通りだ。
 散歩の途中に偶然出会った通りだが、すっかり気に入って、ベンチでしばらく休憩した。バルセロナには、道路中央がカフェになっているような通りはいくつかあるが、ここの幅が広い中央分離帯は普通の公園だ。凝った造りではなく、小さな子供が遊んでいる公園で、砂場がある。近所に住む子供たちがここで遊び、その母親たちは片目で子供の動きを追いながら世間話をしている。その隣りには、ペタンカ場がいくつかあって、ちょうど試合中だ。ペタンカ(スペイン語でもカタルーニャ語でもpetanca)というのは、鉄球を使ったカーリングのようなスポーツで、日本ではフランス語のペタンク(petanque)の名でやや知られている。ペタンカ場にいるのは、砂場にいる子供たちのおじいちゃんやおばあちゃんの世代で、おしゃべりをしながらペタンカを楽しんでしる。このあたりのアパートに住んでいる家族は、中の上クラスの生活レベルか。この通り、サンドイッチとコーヒーでも買って、ベンチで食事するにはいい場所だ。
 もう1本の通りは、狭い。1車線しかない道だが。歩道は狭くはない。プリンセッサ通り(Carrer de la Princesa)は、地下鉄のジャウマ・プリメ駅からシウタデリャ公園に行くときに出会った通りだが、かなり妖しい印象だった。この通りに入るとすぐに、ベネチアのカーニバルで使うような仮面の専門店があった。英語では、Venetian Maskという仮面だ。
https://www.google.co.jp/search?q=%E4%BB%AE%E9%9D%A2%E3%80%80%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2&biw=856&bih=630&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=bMRsVK3KKaW3mgXfq4CgDA&ved=0CBwQsAQ
 アジア系の若い女が、歩道にじっとしたまま立っている。西洋の常識では、「ご商売」の方ということになるのだろうが、コート姿の地味な服装だから、その正体はわからない(ちなみに、ポルトガルではミニスカートの中国人らしき女が、夜の歩道のあちこちに立っているのを何度か見ている)。アパートのベランダに裸のマネキンを展示してあったり、なんだか変な通りなのだ。だから、「怪しい」ではなく、「妖しい」と書いた。すぐ近くのモンカーダ通り(Montcada)にピカソ美術館があるせいで、比較的観光客が多く、したがってスリや強奪犯の大生息地でもあるらしい。そういう事実を知ると、プリンセッサ通りは妖しいと同時に、怪しい通りにも見えてくるのである。ピカソ美術館になっている建物は、13~14世紀に造られたものを元に、15世紀に邸宅として使われたものだ。このモンカーダ通りは、そのピカソ美術館の元になった邸宅が建設された当時は、商人の邸宅や倉庫が建ち並び、貿易と商売の街バルセロナでもっとも羽振りのいい通りだった。北から南の港に伸びるモンカーダ通りを分断したのが、19世紀に造られたプリンセサ通りだ。このあたりを散歩していて、異様な雰囲気を感じたのは、積み重なった歴史のせいかもしれない。
 「もし、バルセロナに住むなら、ここがいい」と思った最大の理由は、すぐ近くにサンタ・カタリーナ市場があるから、豊かな食生活が送れるからだ。ただ、おそらく、私では支払えないくらいの高額の家賃だろうと思う。この通りと周辺の風景は、このストリートビューで。
https://www.google.co.jp/maps/place/Carrer+de+la+Princesa,+08003+Barcelona,+%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3/@41.385665,2.180872,3a,75y,44.47h,90t/data=!3m4!1e1!3m2!1sNDLnqS0I8Y3Y_gnBEMfShA!2e0!4m2!3m1!1s0x12a4a2fc272e7b81:0x7bcb10ee39b243f0!6m1!1e1
■そのサンタ・カテリーナ市場のバルや、ほかのレストランで見た印象的な光景を書いておきたくなった。スパゲティーの食べ方の話だ。食文化研究誌「VESTA」(味の素食の文化センター)で、私が責任編集した86号「世界を旅するスパゲティー」(2012,4)は、世間的にまったく評価されていないが、世界のスパゲティー事情に触れた数少ない資料だ。YouTubeで”How to eat spaghetti?”と検索すると、いろいろな動画ででてくる。イタリア人が教える「正しい食べ方」を紹介した動画には、どこの国の人が書いたかわからない投稿があった。「フォークに巻きつけるなんて、そんな器用なことはできないぜ」という内容のものけっこうあって、麺をクルクルと巻くあの食べ方は、世界ではやや特殊な食べ方だとわかった。
 バルセロナで見かけたスパゲティーの食べ方は、右手か左手に持ったフォークでスパゲティーをすくいあげ、もう片方の手に持ったナイフで垂れた麺をフォークに巻きつけて食べる。こういう食べ方が、数の上では世界標準かもしれない。日本にはスパゲティーに関する書籍や雑誌は数多いが、世界の人はどうやって食べているのかといった記述はない。店ガイドと、どう作るかという話題ばかりだ。
■欧米でもラーメンが流行し始めているが、スープ麺であるこの料理も、慣れていないと食べにくい。フォークで麺を食べられない人が箸で挑むと、目も当てられない光景になる。箸に麺を巻きつけて食べる人もいるらしい。ヨーロッパに限らずアメリカ大陸でも営業している焼きそばチェーン店Wok to Walkのバルセロナ店は、道路から店内を覗けるので、客の食事風景をちょっと観察すると、半数以上は箸が使えることがわかる。ちなみに、wokは中華鍋のことだ。
 http://woktowalk.com/eat/our-menu/
 うまそうなので、食べてみた。ひどくはないが、多くの日本人は「うまい」とは思わないだろう。しかし、アフリカで現地食の半年間を過ごしてこの店に来たら、随喜の涙を流すかもしれない。「うまい」とか「まずい」とかいうのは、そのときの状況で変わるものだ。
■スペインの市場で店を出している肉屋の商品を眺めていると、ウサギやヒツジの肉や各種動物の内臓も売っているのだが、腸がないことに気がついた。ヒツジ、ブタ、ウシの腸は、ソーセージの皮に利用されるので、腸そのものの料理はほとんどないのだろうかというのが、私の推測である。