671話 きょうも散歩の日 2014 第29回

 アンドラに行った 後編


 朝一番の7時発のバスは、定刻どおりバルセロナのバスターミナルを出発した。あたりはまだ夜明け前の闇に包まれていて、街灯だけが光っている。深夜バスのような雰囲気だ。28€の運賃はやや高いという印象だった。客は10人ほどいるだけだ。アンドラに入る直前の、ラ・セウ・ドゥルジェイで4人降りたから、アンドラ(首都のアンドラ・ラ・ベリャまで)行ったのは6人。ピレネーの山頂付近はすでに雪をかぶっていた。11月下旬になると、そろそろスキー・シーズンが始まるらしい。モロッコのアトラス超えのような山越えのドライブを期待していたのだが、谷沿いのドライブで、ハラハラするような崖はない。長野や山梨の平地をドライブしているような感じだった。『ヤマザキマリリスボン日記』(ヤマザキマリ、フリースタイル、2012)によれば、アンドラからフランスの高速道路までの3時間は、カーブがきついと嘆いている。ヤマザキ一家はアンドラに1泊しているが、詳しい記述はない。書くことは特になかったのだろうなということは、行ったことがある私にはよくわかる。
 3時間のドライブで、アンドラ公国の首都に到着。イミグレーションのチェックポイントはないが、トラック用の税関はあるらしい。バスは国境付近を徐行して、入国。人口8万人弱。面積は468㎢。ということは、21キロ四方くらいの広さということになる。横浜市と同じくらいの広さであり、大阪市の倍、京都市の半分の面積の国だともいえる。免税品販売とスキーなどのリゾート地として稼いでいる国だ。詳しく知りたい人は、ウィキペディアなどで調べてください。
 バスターミナル(といっても、コンビニの駐車場程度だが)に着いて、すぐさまバス会社に行った。「ここからフィゲラスに行くにはどうしたらいいか」と聞いた。この国を出るスケジュールを把握しておく必要がある。
 「ここからフィゲラスにはバスは出ていないので、まずジローナに行き、そこから鉄道などでフィゲラスに行くことになります。ジローナ行きのバスは、きょう3時発か、明日はないので、あさっての朝ですね」
 今10時だから、3時発のバスに乗るなら、ここには5時間の滞在。あさっての朝にすれば、48時間の滞在となる。さて、どちらを選ぶか。このバスターミナルまで来る間の街の様子を思い出した、周りの風景を眺めた。
 「よし、決定。5時間滞在で充分。3時発のバスのキップを買います」
 これから5時間、のんびりと散歩をしよう。まずは朝飯。アンドラでぜひ食べておきたい料理はなさそうだ。この時間、安くてゆっくりできるのはマクドナルドくらいしかやっていないようなので、マックカフェの2階で街を眺めながらの朝食。朝食のセットメニューは、スペイン語でパン・コン・トマーテ、アンドラ公用語であるカタルーニャ語ではパ・アム・トゥマーカトという。丸いパン(あたためてある)。小さな器に荒くミキサーにかけたようなトマト。20ml入りの小さなガラスビンに入ったオリーブオイル。パンにトマトとオリーブオイルをかけて食べる。飲み物は、アメリカン・コーヒー(紙コップではなく、陶器のカップ)。これで2.20€。パソコンで作業をしている客がひとりいるだけだ。もちろん、どのテーブルにもコンセントがある。
 高い山に囲まれた街で、中央を川が流れている。橋が何本もかかっていて、坂道。温泉場の風景だ。事実、ここは温泉地でもあるらしいが、風呂に入る気はない。散歩だけで充分だ。免税の国だが、買いたいものなどない。街は谷底だから、街散歩を多少でも拡大しようとすると急坂を登ることになるので、坂を登りたくない私は公園で日なたぼっこだ。目の前の山の頂上に雪が見える街だから、吹き降ろす風が冷たいが、日なたにいると暖かい。街はスペインと変わらない風景だと思っていたが、だいぶ違う。石積みの古い家は、見かけない。皆、鉄筋コンクリートの近代的なビルだ。小さな石を積んだ別荘風なホテルやアパートはあるが、スペインの古い街とはだいぶ違う。13世紀からの独立国だというが、首都のこの街には古いものは見えない。
 バルセロナを中心に全国展開している食べ放題のレストランチェーン「フレスコ」(Fres Co)のアンドラ支店があるのにびっくりしつつ、だからどうということもなく、あてもなく、ただ「5時間散歩」を楽しんだ。48時間の滞在ならば、それはそれなりに楽しみを見つけるが、やはり長い滞在は望まない。
 3時発のジローナ行きの車はバスではなく、4列シートのバン(メルセデス製)だった。3時間32€の旅。ああ、交通費が高い。もうすっかり暗くなった6時に、ジローナ到着。予定になかった街で宿泊。1980年代のこの街を、堀田善衛はこう書いている。「この町にある製紙工場は、煙からヘドロから公害のありったけをたれ流し、けったくそがわるいといったらなかった」(『カタルーニア讃歌』)。今はすっかり生まれ変わり、美しい街になっている。