851話 トラ・アグバル(トーレ・アグバール)は水道局ではない


 つい先日のことだ。テレビのスイッチを入れたら、バルセロナの街が映っていた。旅番組らしい。「この奇抜なビルは、バルセロナ水道局の建物です」とナレーションが流れた。「おいおい、まだそんなデタラメを言っているのかい」と思ったのが記憶に残っていて、いまインターネットで調べてみると、ネット上での正解は「バルセロナ水道局」らしい。このビルはTorre Agbarといい、スペイン語(正確にはカスティーリャ語)では、トーレ・アグバールといい、地元バルセロナカタルーニャ語ではトラ・アグバルという。銃弾のような、こういうビルだ。
 http://www.happytraveler.jp/2016/01/torre-agbar.html
 このビルは、バルセロナ市水道局のものではないし、そもそもバルセロナには水道局などないのだというコラムは、2015年3月にこの雑語林ですでに書いている。
 http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/20150318/1426638552
 私のコラムを読んでいる人は数人しかいないということはわかっているから、「マスコミ関係者は、なぜ私のコラムを読まないのか」などと泣き言を言っても始まらない。マイナーなライターであることはよくわかっている。しかし、トラベルライターや建築家があのビルを見て、ガイドブックやネットの情報を読んで、「なぜ、水道局がこんなビルを建てたのか?」という疑問が浮かばないことが、私には信じられないのだ。バルセロナ市水道局が、大阪市をはるかに上回る上下水道施設を作ったという誤報を読んでも、たぶん疑問に思わずに読み飛ばすかもしれない。しかし、バルセロナ水道局が地上144メートルの高層ビルの所有者だという説明を読めば、「なぜ、こんなビルを?」と疑問に思うのは当たり前だと思うのだが、どうやら私が普通ではないらしい。
 トラベルライターやガイドブックライターという人たちは、何かに疑問に思っても、そこにとどまらないという習慣を身につけないと、山のような仕事を片づけられないのだろう。紹介するみやげ物屋やレストランの住所や営業時間に神経を使っても、間違っても実害のない記述はどうでもいいのだろう。私は店案内などどうでもいいが、街の成り立ちに関する記述は気になるのだ。しかし、ある国や町の歴史や美術や経済など多岐にわたって文章を書いていく人が、私のように何にでも興味を持ち、その疑問をいちいち解明してから原稿を書くという余裕などないのだろう。余裕がないのか、そもそも疑問に思わないのか、あるいは「読者が気にしないことはどーでもいい」ということなのか、私にはわからない。
 それにしても、と思う。かのウィキペディア日本語版で、「トーレ・アグバール」を調べてみれば、
 「フランスの建築家ジャン・ヌーヴェルが設計した建築物で、バルセロナ水道局(Aguas de Barcelona、アグバール)が所有」と書いているが、英語版を見れば、少なくとも、水道局ではなく企業の所有だとわかる。さらに調べれば、この会社が多国籍企業だということもわかるはずだ。日本語版を読んだ後、「念のため」と英語などほかの言語の解説にも目を通せば、少しは正確になるだろう。
 “The Torre Agbar is located in the Poblenou neighbourhood of Barcelona and is named after its owners, the Agbar Group, a holding company whose interests include the Barcelona water company Aigües de Barcelona.”
 日本人が、日本語の情報だけを頼りに考え、文章を書き、話しているだけだと、思考の幅や奥行きが狭くなるだけでなく、間違いも起こりやすい。そして、インターネットの時代になると、ある個人の間違いや無知が、それだけでは済まなくなる。ウィキペディアと「地球の歩き方」が書いているなら正しいと思い、文章を書き、ネットに乗せ、テレビ番組のやっつけスタッフが鵜呑みにして、さらに拡大する。数が多ければ、それが「正解」になり、学生だけでなく学者までもが「事実」として文章にする。
 「バルセロナ水道局」という虚構は、その例のたったひとつにすぎない。
 もう一度書く。バルセロナ市に水道局などないのだ。