761話 インドシナ・思いつき散歩  第10回


 郵便局を探す遊び

 絵葉書を買った店で、郵便局の場所を聞いた。「教会があるでしょ。その先にあるわよ」と教えてくれた。近くのカフェで絵葉書を書き、それから郵便局を探す長い長い遊びが始まった。
 教会の近くを探すと、携帯電話会社のオフィスがあり、若い女性社員の顔が見えた。試しに、「英語はわかりますか?」と聞いたら、「はい」という返事だったので、「郵便局はどこにありますか?」と聞いた。
 「この前の道をずーと行ったところです」という。「どのくらい歩くんですか」と聞くと、「3キロ」だという。絵葉書を買った店の、「教会のそば」ではなさそうだ。3キロ先という情報をあまり信用していないから、200メートルくらい歩いたら、道行く人に「郵便局はどこですか」とたずねる。英語だけではわからない人がいるだろうから、絵葉書を手に持ち。投函するしぐさをして、「post office」と言ってみた。すると、さまざまな方向を指さす人や、「Go this way and turn right」と言いつつ、左に曲がるジェスチャーをする人もいる。英語が正しのか、ジェスチャーが正しいのかわからない。ベトナム語でも質問はできる。”Buu dien o dau?”と言うのだと知っているが、”Buu dien”(郵便局)という単語の発音は簡単ではないし、幸運にも通じたとしても、答えのベトナム語がわからないから、英語とジェスチャーで通した。
 通りの建物を眺めても、広い道路に面しているのかどうかもわからないのだから、見落とす可能性もある。そういったこともすべて含めて、私は郵便局探しの散歩を楽しんでいた。郵便局に行きたいのはもちろんなのだが、それとは別に、郵便局探しというゲームを楽しんでいたとも言える。私の行動は、郵便局探しというよりは、街頭インタビューのようなものだったかもしれない。歩いている人や店員や会社員にとにかく声をかける。「郵便局はどこにありますか」と言って、どのように教えてくれるかを体験する遊びと言ってもいい。郵便局を探しているんだというのを大義名分にして、道路で出会う人に片っ端から声をかけていく。こういうチャンスを楽しまない手はない。
 教えてくれた人々の答えがバラバラだということは、長く旅をしていればすでにわかっていることで、ひとつの答えを信じていると痛い目にあう。「知りません」のひとことを言いたくなくて、適当な方角を指さすアジア人に、今までいたるところで出会っている。
あちこちを1時間ほど歩き、多くの人が指さす方向へ進んだら、私はまた教会の近くに戻っていた。教会の前に観光案内所があり、先ほどは誰もいなかったのに、いまは職員がいる。
 「すいません。郵便局はどこにありますか?」
 「公園沿いにこの道を歩いて、右側にあります。あの辺です」と指さした方向は、最初に郵便局の場所を聞いた電話会社のオフィスの方向だ。
建物の右側に注意して歩いていくと、「POST OFFICE」という張り紙を見つけた。先ほど歩いたときに見えなかったのは、建物の2階の柱に張り紙があったからだ。見上げて歩かないと、見つけにくい。2階の部屋に入ると、そこは予想外に小さな部屋で山積みの書類が散乱し、机の上にも郵便物が山積みになっていた。ただひとりの職員らしき人に声をかけた。
 「郵便局ですか?」
 「はいそうです」
 私が葉書を渡すと、職員は料金を告げ、私が支払うと、おつりを出して、それで終わりだった。切手を渡すわけではない。目の前で切手を貼るわけでもない。客か友人かわからないが、来訪者とおしゃべりを続けている。絵葉書は、ちゃんと届くのだろうか。
 郵便局から通りに出る階段を下りて左手に見慣れた看板があるのに気がついた。きょう最初に「郵便局はどこですか?」の質問をしたあの電話会社だ。隣りに郵便局があるのに、「3キロ先」といった社員が、まだカウンターに座っている。あまりの見え透いたウソに、少々腹が立ち、なんと言い訳するか知りたくなってオフィスに入った。
 「あの、郵便局は・・」
 「はい、そっちへ3キロです」右手で遠くを示す。
 「そうじゃなくて、隣りでしょ」
 「いえ、3キロ先です」
 「今、隣りの郵便局に行って、絵葉書を出してきたところだよ」
 「いえ、隣りには郵便局はありません」
 「あるんだよ。ほら、外に出てごらん。POST OFFICEっていう看板が出ているから」
 何度かそう言ったが、彼女はオフィスから出ることはなく、「隣りに郵便局はありません」と言い続けた。
 絵葉書があて先にちゃんと着けば、れっきとした郵便局ということになる。果たして、着くのだろうか? 
 後日談:着いたんですねえ、ちゃんと。あの街から送った絵葉書のうち、少なくとも1枚はあて先に確実に届いたことが確認できた。10日ほどかかったようだが、ちゃんと着いた。あれは郵便局だったんですよ、やはり。