831話 机の上の本の山 その4


 「困ったものだ」と自分でも思うのだが、新書では情報量が物足りないが、単行本の学術書だと「あー、めんどーくさい」と読まない。手にも取らない。そういう本のひとつが、机の上にあった。『<運ぶヒト>の人類学』川田順造岩波新書)の成立事情はわからないが、大活字で、行間たっぷり、しかも薄い。内容も、つまみ食い程度だ。物足りない。しかし、すでに知っている話題もあるので、改めて学術書を読む気はない。それでも、「へえー」と教えてくれる部分もあった。
●焼き物のロクロは、世界の常識は反時計回りに回転する。日本にも反時計回りで伝わったはずだが、いつの間にか時計回りに変わったそうだ。
●日本では胡弓を例外として、弦をこすって音を出す楽器がなぜか生まれなかった。これは、私も疑問に思っている。
●天秤棒の両端に荷物を下げて運ぶという行為は、アジアでは広く見かけるが、アフリカやヨーロッパではほとんど見かけないそうだ。
 といった例を知って、「ふーむ」と考えるのである。ノコギリやカンナを押すか引くかという問題も、同様に興味深いが、未だに明解な回答は出ていないと思う。
 机の上には、まだまだ本がある。いままで書いてきて気がついたのは、文庫や新書が多いということだ。日ごろ、文庫や新書を多く買うというわけではない。むしろ、文庫はあまり買わないほうだと思う。それなのに机の上で山になっている理由は、行き場を失う本だからだ。私の関心分野、例えば食文化とか旅行史に関連する本なら、読み終えたら棚に行く。棚に行けないのは、いわば「その他」のジャンルだから棚がないという場合と、棚はあるがもうスペースがないという場合だ。
 芸能一般、テレビや音楽の棚も、新たな本が入るスペースはもうない。青島幸男は興味ある人物なので、すでに関連書を何冊か読んでいるのだが、『昭和に火をつけた男 青島幸男とその時代』(森炎・青島美幸講談社、2013)はダメ本だったが、買ったばかりの新しい本だから捨てる気にもなれず、「とりあえず置いておく」棚のスペースはなく、机に乗せていた。じゃまだから、売ろう。
 建築の本も、もう置き場所がない。東京帝国大学建築学科を作った男、日本の近代建築の生みの親ジョサイア・コンドルの評伝、『物語ジョサイア・コンドル 丸の内赤レンガ街をつくった男』(永野芳宣、中央公論新社、2006)も適当な置き場所がなく、机の上でしょげている。建築棚の大改革を行なって、「もういいや」と言う本を捨てるか、それとも売るか。
 言語学&出版の棚も、もうスペースはない。それでも買うから、読んだ本の行き場所がなく、そのまま机に積まれる(今も、未読の棚に言語学の本が何冊かある)。今回の「本の山」コラムですでに何冊かは紹介しているが、本の山を切り崩すと、ほかにこういう本もある。
 『日本語のまちがい探し』(高井ジロル、日本文芸社、2011)は、よくある日本語うんちく本ではない。日本語学者が解説する「正しい日本語」の本でもなく、ライターや編集者必携教科書である。出版関係者以外にはなじみがない「校正刷り」を見せて、現実の校正のデザインになっている。アマゾンにあるこの本は、うれしいことに「なか見!検索」ぺージがあるから、本文ページを覗ける。ほらね、実際の校正のようでしょ。今は安くなっているから、我が同業者の方々、買ってみませんか。
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%84%E6%8E%A2%E3%81%97-%E9%AB%98%E4%BA%95-%E3%82%B8%E3%83%AD%E3%83%AB/dp/4537258233/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1462583651&sr=1-1&keywords=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%84%E6%8E%A2%E3%81%97
 原稿手書きの時代のまちがいは、「朝令碁改」(朝令暮改)や「更送」(更迭)といった書き間違いがあった。ワープロ時代に入ると、こういうたぐいの間違いは減ったが、変換ミスが多くなった。私の経験では、漢字変換ミスで上位に来るのは、「以上」と「異常」、「以下」を「イカ、烏賊」にした例は知らないが、「以外」が「意外」になっていることはよくある。「海藻」と「海草」の違いのように、使い方の難しい語の間違いは昔からある。そんな話は、別の機会に改めて書こう。
 以上で、机の上に山となっている本の半分くらいは紹介した。いままで紹介した本とは違うグループの本の山があとふたつある。ひとつは大学の授業に関連する本。例えば、博学の巨人山田仁史さん(東北大学、宗教学や文化人類学ほか多岐にわたって詳しい)と、ドイツ人の好奇心、とくに外の世界に対する好奇心について雑談していたら、「そうだ。ドイツで『旅学』という授業が古くからあったという記述があるのが・・・」といって紹介してくれたのが、『黄昏のトクガワ・ジャパン』(ヨーゼフ・クライナー編著、NHKブックス、1998)だった。この本、すこぶるおもしろいが、おっと、長くなりそうだ。この続きは次回に。