845話 旅のノート


 旅行の時に使うノートは、最初は何も考えずに手帳を買い、旅先で足りなくなったら文具屋に行き、適当なノートを買っていたのだが、日本以外では「適当な」ノートなどほとんどなく、大きさや紙質にかなりの不満を抱いていた。日本で暮らしていると何とも思わないが、文房具の品揃えと品質では、日本は飛び抜けて進んだ孤高の存在だということがよくわかる。世界的基準では、日本の文房具は「異常進化」であり「過剰品質」らしい。日本の文房具を喜ぶ外国人はいるが、自国でもその水準の製品を作ろうとは考えないようで、結局は世界の大多数の人々は、「日本品質」の文房具を求めていないということではないか。いわゆるオーバースペックということか。抗菌ボールペンなどは、私もやりすぎだと思う。
 私は文房具愛好者だから、ただの旅行者が職業的観察者になると、もっとも使いやすいノートを選ぶようになった。大きな文具屋であれやこれやとノートを点検して、私にとって最高の製品に出会った。
 KOKUYO Campus FILLER NOTEBOOK B 中横罫 スー5B
 螺旋の針金でとじたスパイラルノートで、ミシン目で切り取れる。「5B」という記号がついているが、B5サイズではなく、A5サイズ。このノートを選んだ理由は、とじるために2穴あいているから、ある程度書きためると、その部分だけまとめることができる。例えば、「2001 タイ」とか「2014 台湾編」のように、旅行先ごとにノートをまとめることができるから、無駄な空白ページはなくなるし、サイズが同じだから整理しやすくなる。それなら初めからルーズリーフにすればいいとも考えたが、ルーズリーフは左ページに書くときに輪がジャマになるし、どうしても厚くなる。ほかにも不都合があって、ルーズリーフの採用は諦めた。
 旅行中、毎日何度もショルダーバッグからノートを取り出すことがあるから、A5サイズが一番使いやすい。A4やB5のノートにすれば、レシートや博物館の入場券などを張り付けておくことができるのだが、短期の旅行向きだ。何週間もの旅になると、バッグから取り出しにくく、厚く重くなり、持ち運びが面倒になる。
 タイで長期滞在していたときは、A4ルーズリーフをスクラップブックにして、毎朝読む新聞から気になる記事を切り抜いたり、チラシなどを張り付けていた。バンコクに自分の部屋があったから、持ち歩く必要はなかった。今もそういうスクラップブックが十数冊残っているが、タイの原稿を書く機会はあまりないので、宝の持ち腐れになっている。散歩中にメモをとるためにやはりノートは必要で、そのころから「ベストのノート」を探していた。
 昨年のベトナム旅行に行く前に、買い置きしてあったノートが最後の1冊になったので、「念のために、そろそろ買っておこうか」と文具店に行ってみると、我が愛用のノートが見つからない。何軒もの文具店を巡ったが、見つからない。いままで使っていたノートはどこででも売っていたはずの「ただのノート」のはずだが、いつの間にか「特殊なノート」になってしまったのだろうか。それとも生産中止になったのだろうか。
 困った時のインターネット、さっそく検索すると、「一致する情報は見つかりませんでした」となった。コクヨのホームページで探しても、愛用の製品は見つからない。どうやら、生産中止になったらしい。しかし、よく探せば、名前は変わっているが、よく似た商品はある。
 コクヨ フィラーノート A5 A罫7mmマージン罫入40枚
 http://www.kaunet.com/kaunet/goods/51202118/?FRM=1&SearchParam=variation%3D00002712
 商店で見つからないから、通販で買うしかない。amazonでは扱わない商品で、文具専門の会社から買うことにした。それほど特殊とは思えないのだが・・・。紙質などはわからないから、とりあえず3冊注文した。まさか、普通に売っているはずのノートを、通販で買う時代が来るとは思わなかった。このノートが店頭で見つからなかったのは、A5サイズだからか。学生が普段使うには、A5サイズは小さすぎる。学習用に使うには小さい。しかし、ほかのサイズもないのだから、ミシン目入り2穴ノートは、もはや時代遅れということか。
 自宅に届いたノートは、表紙の紙が厚いといった違いはあるが、代替可能な製品だった。
 これが今年の春までの話。新学期が始まり、立教大学新座校舎に行ったらファミリーマートに、なんとこのノートがあるではないか。大学内のコンビニだから文具の品揃えがやや充実しているのだが、ノートはコクヨのこのシリーズを集めてある。通販で買うことはなかったのだ。
 立教大学池袋校舎にはコンビニはないらしく、文具店に行くと、あのコクヨのノートはまったくない。これはどういうことだ。私はコンビニにはあまり行かないし、コンビニでノートを買うこともないので、街なかのコンビニのノート事情は知らないが、どこででも売っている定番商品ではないように思うのだが・・・。そこで、近所のファミリーマートに行ってノートを調べたら、無印良品が中心で、通販で買ったあのノートはなかった。
 私の好みでは、このノートにいちばん適応するペンは、無印良品のノック式ゲルインクボールペンなのだが、私の好きな丸軸タイプのものは生産中止になり、六角軸になった。それでも我慢して旅に持っていったら、機内でインクが漏れてひどいことになった。日ごろは万年筆を使うことがなくなったので、これからは旅日記は安い万年筆で書こうかと考えている。日記を書くときくらい、心を落ち着けて優雅な時を過ごしたいではないか。