910話 イベリア紀行 2016・秋 第35回


 充電


 ビスカヤ橋の失敗に懲りて、カメラ用の充電はこまめにするようになった。充電済みの乾電池をつねにバッグに入れておいて、いつでも撮影できるようにしたが、やはり少々わずらわしい。こういう事態は多少予想をしていて、カメラ選びをしているときに、乾電池式のものも候補に選んだのだが、カメラの機能の点で不満があって、選ばなかった。
 もしも、スマホもノートパソコンも電気ひげそりやその他充電物を持っていたら、充電第一の旅になっているだろう。コンセントと充電とWi-Fi状況を考えている旅はいまや普通のことなのだろうから、私の言動が「常軌を逸している」のかもしれないが、機械が嫌いで、充電とは縁のない生活をしてきたので、そういう旅は想像しただけでもうんざりだ。
 あれは台北の朝だった。そのころ、朝飯はマクドナルドだった。宿の近くで、朝のコーヒーを飲みながらパンを食べられる場所がそこしかなかったからだ。私のいつもの席は、2階の窓際で、四つ角を行き交う自動車や歩行者を眺めながら、毎朝コーヒーを飲み、イングリッシュマフィンのバーガーを食べ、資料を読んでその日の散歩のプランを立て、前日の日記を書いた。宿に机も椅子もないから、夜は早く寝て、朝は早く起きて、ここで日記を書いた。
 その朝もマクドナルドでコーヒーを飲みつつ、日記を書いていると、肩をたたかれた。若者が数人、私を取り囲むように立っていた。手にパソコンを持っている。
「あのう、そこ・・・」と言いつつ、足元を指差した。私の足元に何かを落としたので拾いたいのかと思った。若者は足元にあるコンセントを指差した。コンセントとは無縁の旅をしていたので、コンセントがどうしたのかわからなかった。店で客がコンセントを使うという事実がどういうことかわからなかったのだ。マクドナルドと客とコンセントの関係がすぐにはわからなかったのだが、どうやら、「そこ,ジャマなので、移ってください」と言っているのだとわかった。若者に窓側の一等席を譲った。電源を求めてここに来ている人が少なからずいるという事実に、気がついた最初の出来事だった。
 テレビのドキュメント番組を作っている門田修(もんでん・おさむ 海工房)さんに、離島や砂漠や山岳部のロケのときには、充電はどうするのか聞いたら、「発電機を持って行くんですよ」といった。テレビの取材だから、まあ、そうなんだろうが、大変だ。個人の取材でも、電気のない場所に住み込んで取材するなら、この問題を解決しないといけない。街の取材でも、例えば『地球の歩き方』や「るるぶ」のような取材をしている人なら、充電がもっとも重要な仕事になっているのだろう。
 私が一眼レフをバッグに入れて取材していた時代、電池はストロボのことしか考えていなかった。フィルム式カメラも露出計などのために電池は必要だったが、ボタン電池を予備にひとつバッグに入れておけば、それでよかった。電池のことを考えずに取材ができた時代だった。
 ハナニアラシノタトエモアルゾ
 ジュウデンダケガ人生カ