973話 大阪散歩 2017年春 第12回

 都市交通

 「東京はね、基本的にはJRだけで移動ができるから、大阪と比べると単純なんだ」
そういう話し声が聞こえた。天王寺駅から新今宮に歩いているときだった。ふと前を見ると、20代前半くらいの男女が歩いている。話しているのは男だ。関西アクセントだから、東京勤務となった大阪のサラリーマンなのか、あるいは東京で学生生活をしているのかもしれない。
 東京と違って、大阪は私鉄や地下鉄が幾重にも乗り入れているから路線が入り乱れ、複雑で、わかりにくいのだと、男の解説が続いている。私は目下、大阪の交通網を学んでいる修行中の身だが、「その説明は違うだろ」と心の中でつぶやいた。あんたは、東京の交通の複雑さをわかっていない。
 その若い男が、東京でどういう生活をしていたのか、想像してみた。例えば、総武線小岩に住んでいたとする。あるいは中央線三鷹でもいい。池袋、新宿、渋谷、銀座(有楽町下車)、秋葉原、上野など、JRだけで移動できる。しかし、だからといって、「東京の交通が単純だからわかりやすい」ということにはまったくならない。世界のいくつもの町でふらふらと散歩をしていて、「東京の地下鉄に慣れていれば、世界のどの町の地下鉄だって乗りこなせるぜ」と思うことがしばしばある。そのくらい複雑なのだ。
 大阪の地下鉄をロクに知らないくせに断言してしまうが、東京に住んでいる者だって、積極的に学ばないと東京の地下鉄は乗りこなせない。駅の構造もわからない。例えば、A線から通路を歩いてB線に行くという乗り換えの場合、普通なら通路の指示通りに歩けば乗り換えができる。しかし、指示にしたがうと、改札から外に出てしまうということがある。指示の看板が理解できなくてウロウロしてしまうのだが、通路を進んでB線の改札に入るのが正解なのだ。この場合は、運賃は「乗り換え」だから変わらないが、いったん地上に出て、しばらく歩いてB線に乗り換えるという場合もある。こういう乗り換えは、関西にもある。想像を絶するのが、A線から通路を歩き始めてC線に出て、そのホームの端から端まであるいて、B線に入るという乗り換えだ。東京駅の京葉線ホームは、隣り駅の有楽町駅のすぐそばだから、東京駅新幹線ホームからの乗り換えは、10分ほど歩くことになる。予備知識がないと、たぶん、たどり着けない。「こんなに歩くわけはない」と思うはずだ。
 関西の鉄道カードICOCA(イコカ)は、関東のSUICA(スイカ)よりも早くJRだけでなく私鉄でも使えるようになったのは、大阪の方が技術が進んでいたからではなく、乗り入れが首都圏と比べて単純だったからだ。
 私が大阪で迷ったのは、JR大阪駅から阪神梅田駅あたりの地理だ。この辺りは、いままで何度も歩いているのだが、それは通路を歩いていたにすぎない。今回、いままでなじんでいた通路を離れてあちらこちらと歩き回り、行動範囲が面として広がると迷ってしまった。何度も同じ店の前に出てくる。さっき、良さそうな喫茶店があったので戻ろうかと思っても、もう戻れない。そういう悔しい思いをする。例えば、そのあたりを歩いていて、見上げればHEP FIVEの観覧車が見え、ここから紀伊国屋書店に行くにはどう歩いたらいいのかわからなくなり、かなりうろうろした。1時間ほど歩いて、目の前にまたHEP FIVEが見えるというような体験だ。地下街やショッピングセンターは歩き回って訓練しないと、行きたい場所にたどり着けない。数時間彷徨して、なんとかこの地の地理を理解した。
 しかし、こんな風に迷う場所は、大阪ではほかにあるだろうか。東京なら、渋谷駅がもっとも多くの迷子を生み出している。よそ者にとってはもともとわかりにくかったのだが、長期にわたる工事のせいで、過去の知識が役に立たなくなり数多くの迷子を生み出している。新宿も、池袋も、上野も、出口をまちがうと、見知らぬ世界に歩きだすことになる。巨大駅は、迷う。その迷い方は、大阪をはるかに超える。
 念のために書いておくが、東京の方が交通網が複雑だと言っているのであって、「だからエライだろ!」と自慢しているのではもちろんない。
 「ホームの椅子が変」問題は、コメントを寄せてくださった方の指摘で以下の記事があることがわかりました。2017年1月の記事ですが、大阪の酔っ払いには有効なのかもしれませんが、私にはよく理解できない。
 http://www.jiji.com/jc/article?k=2017011000057&g=soc
 http://iroiro-kininaru.com/archives/240.html