1203話 プラハ 風がハープを奏でるように 第12回

此頃都ニハヤル物 その4

 

 プラハでよく見かけるものの続きを書く。

 3、ベトナム料理店

 プラハで見ていたテレビから、ヒップホップグループのプロモーション・ビデオが流れていた。撮影現場は市場のようで、ベトナム語の看板が見えるのだが、ベトナムの空気ではないことは私にもわかる。さて、そこはどこだ? という疑問をもっただけでそれっきりになっていたのだが、プラハのことを調べていたたった今、謎が解けた。プラハの南部、地下鉄C線カツェージョフ(Kacerov)駅の南にある通称「リトル・ハノイ」こと、サパ市場だった。サパ(SAPA)は私も行ったことがあるベトナム北部、中国との国境近くの街で、その名をとったベトナム市場がプラハにある。インターネットで調べていて、その事実をたった今知った。今まで知らなかったのだから、行ったことがない。すぐ近くまで行っていながら市場を知らないから行かなかったという事実に、くやしさがこみ上げる。実は、こういうことはほかにもあって、調べことをしていると、よく歩いた道路なのに、ビルの中に入らなかったことを、「ああ」と嘆いたりすることが何度もあった。あまりの悔しさに、すぐにまた行きたくなって、航空券情報を調べたりしている。プラハはそのくらい奥が深い。

https://tokuhain.arukikata.co.jp/prague/2013/07/_tttm_sapa.html

 さて、チェコベトナム人だ。チェコスロバキア時代から、同じ社会主義国ということでベトナムと深い関係にあった。留学や技術研修やおそらく単純労働者として、多くのベトナム人チェコスロバキアにやって来た。元日本大使夫人が書いた『私はチェコびいき』(大鷹節子、朝日新聞社、2002)によれば、共産党政権時代には、毎年3万人ものベトナム人労働者を受け入れていたそうだ。こういういきさつがあるから、ベトナム市場が北部の街サパの名をつけているのだろうし、通称が「リトル・サイゴン」ではなく、「リトル・ハノイ」になっているのだろうと、私は想像する。

 1989年の民主化で、ベトナム人はいったん帰国したものの、チェコでの生活に慣れていて、チェコ語ができるベトナム人チェコにとって貴重な労働力だから、ふたたびチェコに迎え入れられた。若いベトナム人が流暢なチェコ語をしゃべるのは、チェコ育ちだからだろうか。現在は2世が活躍する時代に入っているようだ。チェコ政府の統計によれば、チェコ在住ベトナム人は、1996年は3800人だったが、現在は6万人ほどいるようだ。それに対して、チェコ在住中国人は6000人弱、韓国人や日本人はそれぞれ2000人以下だ。

 旅行者にもすぐにわかるベトナムは、ベトナム料理店の存在だろう。雑貨店でも多くの東アジア風の顔つきの人によく合うが、ベトナム人か中国人かの区別がつかない。ベトナム料理店はプラハのいたるところにある。マクドナルドやKFCを探すよりも、ベトナム料理店を探すほうがよっぽど楽だ。だから、少なくともプラハに住む人たちにとって、ベトナム料理はもはや特別な食べ物ではない。中国料理店はベトナム料理店ほどではないが、やはり数多くある。統計資料ではなく、街散歩の印象で言えば、プラハでもっとも多い外国料理店はベトナム料理で、次は中国料理店だ。そして、ピザ店とケバブ店が続く。

 『屋根裏プラハ』(田中長徳)によれば、1989年のビロード革命以前のアジア料理店は、中国料理店とベトナム料理店がそれぞれ1軒あっただけで、日本料理店はまだなかったという。2017年のジェトロの資料「プラハスタイル」には、2016年現在チェコにある日本料理店は158軒、そのうちプラハに102軒あるという。「日本料理店」をどう定義しているのかわからない。ジェトロはこの30年間でこれだけ増えたとしているが、街を散歩していて、「日本料理店が多いなあ」と認識したことはない。それどころか、道路に面した日本料理店を見た記憶がほとんどない。うどんや牛丼やラーメンのチェーン店があるわけではない。ところが、ベトナム料理店は街のいたるところで見かける。とすれば、日本料理店をはるかに超える店舗数があると想像できる。

 チェコ在住日本人が書いているブログ「新チェコ生活日記2」を読むと、「ベトナム料理がプラハでブーム」という記述が出てくるのは2012年で、そのころに上に書いたSAPA市場がオープンしたようだ。

https://prahalife2.exblog.jp/12707309/

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私の想像だが、一時代前のファーストフード店のような気がする。プラハ郊外で見かけた猛獣の檻か留置所のようなピザ屋。共産党政権時代からのものだろうか。

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今や、こういう店はプラハのどこにでもある。安いのが魅力だろう。

 

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私もたまらず、フォーを注文した。トウガラシ、レモン、キムチがついていた。量がベトナムや日本基準から考えると超大盛りである。だから、割安感が増すのだろう。

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 イートインコーナーもある持ち帰り店も多い。

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前回食べたファーがイマイチだったので、別の店で注文。ここでは箸があった。テーブルにニョクマムを見つけ、丼に注ぐ。「ああ、うまい。発酵食品のうまさ」。塩とコショーだけの味付けでは、やはり物足りない。

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そんなわけで、宿に台所がついていることをいいことに、ベトナムエースコックのキムチラーメンを買ってきて、昼飯にした。感動的にうまかったという話は、のちほどゆっくりと・・・。