1209話 プラハ 風がハープを奏でるように 第18回

 チェコ語 後編

 

 チェコ語はそのままローマ字読みしてはいけないので、ちょっとした訓練が必要だ。

 地下鉄は車窓からの眺めを楽しめないから、ある日の車内ではチェコ語の教科書を手にしながら、駅名の発音を考えてみた。地下鉄なら、駅名のアナウンスがあるから、路線図を見ながら読解をした後、発音の答え合わせができる。ちなみにこの遊びを台北の地下鉄でやると、国語と呼ばれる中国語のほか、台湾語客家語の発音もわかる。

 プラハの地下鉄遊びをC線でやってみた。発音記号は省略して表記する。

HAJE・・・・・Aには長くする記号がついている。JはYの音。したがって、ハーイェ。

OPATOV・・・語尾のVはFになるので、オパトフ。

CHODOV・・・CHは英語のようなC+Hではなく、CHで1字。発音はHと同じ。語尾のVはF。したがって、ホドフ。ちなみに、スペイン語でも近年までchで1字だったが、現在ではcとhの2字になった。

ROZTYLY・・・この場合(無声子音の前の)ZはSになり、YはIの音になるから、ロスティリ。

KACEROV・・・Cは記号なしならツ(ツア、ツィ、ツ、ツェ、ツォ)になる。記号が入ると、(チャ、チ、チュ、チェ、チョ)のように変わる。この駅名は記号があるから、カチェロフ。

BUDEJOVICKA・・・DEは記号なしならデ、この駅名は記号付きなのでジェになる。JOはYOの音。Aに長音化記号がついているから、ブジョヨビツカー。

PANKRAC・・・パンクラッツ。

PRAZSKEHO POVSTANI・・・プラツスケーホ・ポフスタニー。

VYSEHRAD・・・ビシェヘラド

I.P.PAVLOVA・・・「パブロフの犬」で知られるロシアの生理学者Ivan Petrovich Pavlov(1849~1936)の名にちなんだ駅名。チェコ語の発音は、車内アナウンスでは「イー・パー・パバロバ」というような音に聞こえた。

MUZEUM・・・ムゼウム。国立博物館下の駅。

 プラハに行ったことがない人や、行く気のない人には駅名の発音などどうでもいいことなのだろうが、プラハを毎日散歩していると、駅名を読めないと会話が困る。ある施設の話をしていて、「それ、どこにあるの?」と聞かれて駅名が言えないと、地図を出して説明しないといけないから面倒だ。

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 ブジョヨビツカー駅。

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駅のベンチは木製が多い。

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Uの上にだけ○印が付き、「長く伸ばして発音」という意味になる。したがって、この駅の名はムーステックとなる。

 

 チェコ語の読み方が少しわかり、単語をいくつか覚えていったころ、こんな経験をしている。スーパーマーケットの食料品売り場で買い物をしていると、10人近い日本人がしゃべりながら私の方に来て、棚の向こう側に消えた。そこはプラハの中心地ではなく、団体観光客がやってくる場所ではない。そういう場所にあるスーパーで見かけた日本人の素性はまったくわからない。

 私とすれ違う時にちょっと観察すると、50代の女性が多く、説明しながら歩いているのは30代の男だった。

 「水を買うんでしたら、ボダというブランドが一番有名で、ほらこれも、これもボダでしょ」という声が聞こえた。ビンのラベルに書いてあるボダとは、VODAのことだが、それはブランド名ではなく水のことだ。だから、水のボトルにVODAという文字が多く入っているのは当たり前なのだ。「ボダ」はwaterと発音が近いのですぐに覚えた単語だ。ちなみに、のちに調べてみれば、チェコ語だけでなく、スロバキア語やフィンランド語、セルビアクロアチア語でもVODAに近い語だ。ポーランド語では、wodaだ。ロシア語はローマ字表記すれば、vody。

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看板のなかほど、右から2本目のビンのラベルに"VODA"という文字。

 街を散歩していれば、いくらでもチェコ語の看板に出会う。そのなかでずっと気になっているのが、頭にUがつくレストランが多いことだ。例えば、U Fleku、U Dvou Kocek、U Cirinyなどいくらでもある。初めは定冠詞のようなものかと思っていたのだが、どうも違うようで、チェコ人に聞くと、「そのUは、『~のそばに』とか、『~のとなり』にという意味だよ」というのだが、それだけではわからない。何人かのチェコ人と話していてふと頭に浮かんだのは、「~のそばに」という語義を離れて、日本の飲食店につく語、例えば~軒や~屋、~家や~亭などと同じものだと考えればわかりやすいということだ。あるいは、フランス語のchez(シェ)と同じか。

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Bataの看板を撮ったのだが、右端にU Kariaというレストランの看板が撮れていた。Bataについては、いずれ機会があれば書く。

 こうやってわからないことを調べていくと、少しは覚える。旅の出る前に覚えようと思っても、私のぼんくら頭では覚えられない。しかし、旅しながらだと少しは覚える。もう少し勉強しようかと思うと、語形変化などややこしい文法にぶち当たって、すぐ挫折する。チェコ語がどれほどややこしいのか説明したい衝動に襲われるが、ここで説明するために勉強するのはけっして楽しいことではないので、書かない。こういう語形変化の多い言語に出会うと、「英語ってやさしいな」とつくづく思うのである。文法上、英語よりもはるかにやさしいのはタイ語だ。文法に悩まされ、語形変化を丸暗記するのに疲れた人は、タイ語を始めましょう。文字と発音には苦労するがね。