1215話 プラハ 風がハープを奏でるように 第24回

 マルタ・クビショバーとチェコの音楽と政治と その6

 

 チェコ音楽博物館から宿に帰った日の夕方、受付けカウンター付近ではジャズが流れていた。「デイブ・ブルーベックか。ラジオ?」と棚のラジオを指さしたら、パソコンに向かっていた若い男が、「いや、これ」とパソコンを指さした。何人かいるスタッフの中で、彼はもっとも親切で人懐っこい。何度か親切にしてもらっている、その彼が音楽好きならちょうどいい。ひまそうだったので、この機会にいろいろ教えてもらうことにした。

 そのひとつがチェコ音楽のことで、いずれ帰国直前にチェコ音楽のCDを買って帰ろうと思っているので、音楽博物館で書いたメモのマルタの項を指さして、「この人はどんな人?」と聞いた。その時は、私はまだマルタのことはほとんど知らなかった。

 「ああ、マルタ・クビショバーね。不屈の人だよ」と、簡単な経歴を説明してくれた。

 「彼女を街で姿を見かけることがあるけど、素敵なレディですよ。僕はジャズとアフリカ音楽ばかり聴いていて、チェコの音楽には詳しくないけど、それでも彼女のことは、よく知っている。ほかにひとりだけ推薦するなら、”JIRI SCHELINGER”かな。聞いてみてよ」

 そう言って、私のノートに推薦盤を書いてくれた。

 それからだいぶたったある日の夜、私はテーブルひとつだけの中国料理店にいた。レンガの建物の中の店だが、ドアの立てつけがえらく悪く、ゴムのベルトで引っ張らないとドアが閉まらないし、床がゆがんでいるからバラックの店にいるような気分だった。宿の近くにある店で、狭いから持ち帰り専用に近い営業形態だった。

 私が皿の飯に炒め物を乗せたような料理を食べていたら、「すいません。ここ、いいですか?」と、若者が声をかけて来た。高校を卒業したばかりといってもいいくらいに、若い。たったひとつしかないテーブルを使っているのだから、相席に文句などない。とりとめのないことをちょっとしゃべると、彼は割合英語がしゃべれることがわかり、話が弾んだ。プラハからちょっと離れた街の高校を卒業してプラハに出てきたといった。

 彼が食事を終えたところで、「そうだ、ちょうどいいな」とひらめいて、チェコの若者が考える人気歌手やバンドを教えてもらうことにした。ノートを広げて、解答を書いてもらった。

 第1問は、キミが好きかどうかに関係なく、とにかく、チェコで人気ナンバー1の歌手は?

 「何といっても、KAREL GOTTだろうな」

 第2問はキミが好きな歌手やバンドは?

 「うーん・・・、BLUE EFFEKT と、あとはFLAMENGOの”KURE V HODINKACH”と、まだいくらでもあるけど・・・・」といって、私のノートにバンドの名を書いてくれた。そうやって音楽の話をしていたら、「実は、ボク、ミュージシャンなんだ。来週ロンドンでレコーディングするんだ」

 「バンド?」

 「そう、こういうバンド」と、私の日記にバンドと曲の名を書いた。

 “LA MIND BULUE CLOUDS BLUE WAY”

 それからまたとりとめのない話をした。若いミュージシャンにありがちな、肩ひじ張って精一杯尖ったふりをするというふうではなく、優しい少年だった。

 「あっ、そろそろ行かないと。これから友だちのライブがあるんだ」

 ふたりで店を出た。食事代は私が払った。ふたり合わせて1000円だから、安いものだ。

 「じゃあ、いずれYou Tubeで会うことになるのかな?」と冗談で言ってみると、

 「そのうち・・・、来週にでもアップします。見てください。ごちそうさまでした」

 そういって、セイフェルトバ通りで別れた。

 20代のころなら、このまま彼についていって、いっしょにライブを見て、そのまま誰かの部屋に泊めてもらい、その翌日は出会ったばかりの別の人の部屋に泊めてもらい・・・という旅をしていたのだが、もうそういう気分にならない自分がちょっと寂しいのだが、この歳で徘徊はまずいだろうとも思う。若い時は、他人に親切にしてもらえるし、好意にすがっていた。それでいいと思う。だが、歳をとると親切にしてあげる側にまわり、その後また親切にされる側になる。

 その「友人のライブ」というのも、私が好きにはならないような音楽のような気がして、聞いてみたいとは思わなかった。その夜は、ちょっと寒かった。宿で熱いコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。