1109話 イタリアの散歩者 第65話

落穂ひろい
     授乳、下駄

授乳・・・イタリア南部のマテーラ。教会のような建物なのだが、案内の立て看板があって、なにがあるのかわからないので、覗いてみることにした。有料ならもちろん入らない。室内に誰もいなかった。大きなホールは明らかに教会なのだが、椅子も何もない。何もない空間で、写真の展覧会を開催中のようで、「市民写真展」のようなものかと想像した。
展示されている写真をよく見ると、どれも赤ん坊に母乳を与えている光景で、野外が多い。人前で授乳するというのは、近代ではアジアやアフリカのもので、ヨーロッパでは早々と禁止されたようなイメージがあるのだが、さて、これはどういう展覧会なのか。祭壇にあたるようなところに、赤ん坊を抱く母の絵があり、これは古いものだろう。母の恵みの教会のようなものなのか、まったくわからない。帰国してから、ちょっと興味深いニュースを読んだ。
イタリアにおける人前での授乳と悪評高い郵便局のニュースひとつにまとまっているのが、これ。じつは、イタリアでは人前での「直接授乳」が話題になっているようだが、公園などではタブーにはなっていないようだ。
https://discoveworld.com/italy-breast-feeding

下駄・・・ベネチアのコッレール博物館の展示物のなかに下駄があった。「うん、下駄だな」とは思ったが、引き続き展示品を見て行ったのだが、こういう貴重品は写真に残しておかないといけないという気がしてきた。私にとって金銀財宝書画骨董は貴重品ではまったくないが、西洋の下駄となれば貴重な資料だ。このブログでぜひ紹介したいと思ったのだが、カメラがない。「どうせ、写真を撮りたくなるものなんかないよ」と思っていたから、カメラは入館前にロッカーに入れてしまったのだ。
 出口で事情を話した。木の高いサンダル(下駄のこと)の写真を撮りたいから、ロッカーからカメラを取り出し、もう一度入りたいと許可を求めた。
 「ええ、いいですよ。どうぞ。あの履物はね、貴族の女性が長いスカートを履くときに使うんですよ」という説明もしてくれた。そういうありがたい説明を、展示品それぞれにつけておいてくれたらすばらしいのにと、いつも思うイタリアである。

おにぎりフライ・・・シチリアの南東部、シラクーザの遅い午後。海岸沿いを散歩していたら、何かをちょっと食べたくなった。テラスもついた軽食堂が目に入った。カフェー・アメリカーノと、何か。ピザは飽きたし・・・とガラスケースのなかを見たら、大きなおにぎりくらいの大きさの揚げ物があった。正体不明だが、注文してみた。シチリアで何度も見ているが、食べたことがない。正体不明だ。その日の日記には「チーズ入りチャーハンのコロッケ」と説明している。レシートも取ってあるが、”Varie 2.50”となっているからわからない。いちいち商品名をレシートに打つのが面倒だと、”varie”(いろいろ)とすることはすでに知っている。
 帰国したら、あの食べ物の正体を調べてみたいと思っていた。日本のテレビでイタリアの旅番組を見ていれば、この食べ物がいくらでも登場するのだが、少しでも詳しく知りたいと思うとやっかいらしい。元々はシチリアの名物料理で、今は他の地方にも広まったようだ。シチリア島西部では球形でarancineと呼び、東部では円錐形でaranciniと呼ぶというのだが、ほかにいくつもの呼び名があるそうだ。私はシチリア南東部で食べたので、ここではアランチーニとしておこう。いずれにしろ、この料理名はオレンジAranciaに由来し、大きさ・形・色などがオレンジに似ているからだろう。
 炊いた飯に味をつけチーズを混ぜて丸め、カツのようにパン粉をつけてあげる。日本のマスコミでは「ライスコロッケ」という訳語がつくことが多いようだが、食べた感じではやはり「チーズ入りおにぎりフライ」としたい。1個で満腹になることは確かだ。特にうまいものでもないが、散歩の途中で見つけると、ちょっとうれしくなる食べ物だ。