1147話 桜3月大阪散歩2018 第1回

 とにかく、いますぐまた旅をしたい

 2月末にモロッコとスペインの旅を終えて帰国したばかりだというのに、また旅をしたくなった。今すぐ、また旅に出たかった。旅をすれば、旅への欲求はある程度おさまるだろうと思っていたのだが、旅への感情に火を点けてしまったらしい。
 昨年秋のイタリア旅行のちょっと前だった。1980年前後に、何人かの出版関係者たちといっしょに仕事をしたことがある。そのなかのあるライターの最近の活躍を知りたくて、ネットで調べてみたら、知らない人のブログがヒットした。「彼が亡くなったという手紙を、奥さんからもらった」とあり、思い出話が書いてあった。70歳を超えたばかりで亡くなったようだ。毎年年賀状を送ってくるデザイナーに、そのライターの死を知らせたら、「ええ、知っています」という返事と共に、あの時代にいっしょに仕事をした人のうち、すでに亡くなっている5人の名前が書いてあった。あの時代の知り合いの半分くらいがすでに亡くなっていたのだ。彼らは、私よりもちょっと年上の団塊世代からそのちょっと上の世代だが、70歳を超えて生きた人はたったひとりしかいない。60前に亡くなった人もいる。
 イタリア旅行をしていて、夜のホテルの部屋や、長距離バスの車窓から風景を眺めていたり、夕方の散歩のときなどに、すでにこの世を去った人たちのことをあれこれと思い出していた。両親や、すでにこのコラムで書いた高校の同級生の歯医者や幼なじみの妙ちゃんや、かつていっしょに仕事をしたことがある同業者のことなどを、お盆でもないのに思い出していると、だいぶ前に脳梗塞をやったという知人のことを思い出し、最近は連絡を取っていないので、帰国したら会おうとアルベルベッロから絵ハガキを書き送った。
 イタリアから帰国してその知人に電話してみた。体調はあまりよくないらしい。「会おう」という話には進まず、近況報告などをしているなかで、共通の知人の話になった。信濃町でタイカレーの店「めーやう」を創業した暮地さんが2015年に亡くなっていたという。東京にタイ料理店がまだ3軒しかなかった1980年代前半の開店だ。もう何年も暮地さんには会っていないから、亡くなったことを知らなかった。歯科医も妙ちゃんも暮地さんも、私と同い年だ。これがこたえた。もう彼らは旅ができないのだから、今旅ができる私は、旅をしておこうと思った。
 イタリアから帰ってもまだ旅をしたかった。年が明けて今年2月モロッコとスペインを旅し、月末に帰国した。それでも、旅への欲求は消えなかった。4月からは大学の仕事が始まるから、しばらくは長い旅ができない。それは蟄居か幽閉されているような気分だ。授業が始まっても数日間の旅ならできるが、数日だと旅した気分にはならない。だから、旅らしい旅をするなら、3月の今しかない。旅のベストシーズンは、旅に出たいときであり、旅ができるときである。旅をしたくてもできないまま亡くなった友人知人たちのことが、また思い浮かんだ。今、旅ができる境遇にあるのだから、今、旅をしようと思った。
 いつものように、「さて、どこに行くか」と考え始めた。今度は近場にするか。韓国? 寒い。台湾? 何度も行ったな。新鮮味がない。フィリピン 魅力がない。沖縄 好きだが、3日で飽きる。海遊びに興味がない。香港 うん、長い間行っていない。候補地のひとつだな。大阪 去年行ったが、また行きたい。おもしろそうだ。いいな、大阪。
 誰も言わないから、私が言おう。
 そうだ 大阪 行こう。