1117話 ダウンジャケット寒中旅行記 第1話

 雪のマドリッド、あるいは震えて眠れ

 3月からの旅を終えて帰宅して4月、腰を落ち着けて2月の旅の話を書くことにする。書き始めるとどうしても長くなるから、今回からは極力簡素にしよう。

 朝早くマドリッドの空港に着き、昼にモロッコの首都ラバトに飛ぶというスケジュールだ。5時間ほどを空港でどう過ごすかというのがとりあえずの問題で、そのために本を何冊か用意していた。
 ターミナル1からターミナル4への移動は、何の根拠もなく、すぐ近くのビルに行くくらいと想像していたのだが、バスでの大移動だった。風景は、一度空港の敷地を出て、一般道を走るという感じで、ターミナル4に着いたら、今度は電車に乗り換えだ。そこで、モロッコ航空便のチェックインを終えたのだが、この先の進路がよく理解できなかった。私の経験では、出国手続きをしたらゲートに向かうのが普通なのだが、この空港はいわばゲート群のようなものがあり、H19とかH21などという表示がある。だから、まずはそこに行き、それから各ゲートに分かれて行く複雑なシステムになっている。私は生まれて初めて飛行機に乗る男のように、空港内を質問しながらしばらくウロウロしてしまった。
 煩雑な乗り換えシステムのおかげで、1時間以上消費できた。さて、コーヒーを飲むか。
 マクドナルドのメニューを見ていたら、アメリカンコーヒーアメリカーノ」があることがわかった。2016年にマドリッドで調査したときは、アメリカンはなかった。マックのコーヒーは小さな紙コップに入ったエスプレッソだけだった。そういういきさつがあったので、調査を兼ねてマックでコーヒーを飲みながら本を読み、時間をつぶすことにした。明るくてテーブルもあるから、この旅最初の日記も書ける。


 空港のマックでアメリカン。旅行者を観察しつつ、読書。それもまた楽しい時間だ。

 昼近くになって、さて、そろそろ1番ゲートに行くか。大きなガラス窓の外には、私が乗ることになっている飛行機が止まっているのだが、その姿がかすむほどの大雪だ。このターミナル4に来るバスに乗ったときは単なる寒い冬の日だったのに、コーヒーを飲んでいるうちに大雪になったのだ。
 スペインの旅は何度もしているから、「スペインは太陽と情熱の国だ」と信じているわけではないし、標高650メートルのマドリッドはけっこう寒いというのも知ってはいたが、ドカ雪が降るとは思わなかった。積もらないが、視界はひどく悪い。
 定刻に機内に案内されたが、そのまま2時間放置されで、1ミリも進まずに降機。雪のせいで、出発できるかどうかまだわからないという。空港で本を読んで過ごした。食事や飲み物が出るようなサービスはない。トラブルを回避したくて、LCCよりはちょっと高いモロッコ航空にしたのだが、LCCと何の変わりもないのだろう。
 夕方になって、薄暗くなった空港をやっと出発。当然ながら、ラバト空港はすでに真っ暗になっている。空港ビルを出ると氷雨が降っていた。モロッコの平地で、氷雨。空港の安全を考えてのことだろうか、バスもタクシーも空港ターミナルには近づけないようになっているから、激しく降りしきる雨の中を歩いてバス停に行く。
ああ、寒い。スペインだけじゃなくモロッコよ、おまえもか。熱帯にすればよかったが、行きたい熱帯の国がなかったのだ。こんな時期にこんな地域を旅するもんじゃないと反省したが、もう旅は始まったのだから、せいぜい楽しもう。
 とはいえ、その夜、あまりに寒くて、ダウンジャケットを着たままベッドに入った。それでも寒かった。寒い時の旅は、生まれて初めてだ。