2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧
2108話で、イギリスとオーストラリアを結ぶ旅行ルートの話をした。今回は、ヨーロッパとオセアニアを結ぶ旅行ルートと日本の関係を考える。 アメリカ人やカナダ人にとっては日本は、「東洋の異国」というイメージによって旅行目的地に決めたということはあっ…
学割航空券の話を続ける。 1970年代の日本は、就職が決まった大学生向けの団体海外旅行はあり、そのツアーのガイドブックとして制作された冊子がのちの『地球の歩き方』である。大学生ではない者や団体旅行はしたくない者が、手軽に買える安い航空券はまだほ…
注文していた『コンビニからアジアを覗く』が届く。編著者の「佐藤寛+アジアコンビニ研究会」という名称をよく見て「?」。佐藤寛の名はアジア経済研究所の『イエメンものづくし』の著者かもしれないと調べてみたら、当たり! この本は、ちょっと旅行したこ…
1960年代のヒッピーの時代、ビートルズがインドに行く前から、イギリスやフランスやドイツから見て「東」は、ある種魅力的なイメージがあった。古代ギリシャやギリシャ神話に深い関連がある語がアルカディア(牧歌的な自然が残る理想郷)。そして、アラベス…
1960年代に入り、「サンフランシスコのヘイトアシュベリー通り周辺におかしな格好をした若い奴らが住み着いている」という噂が流れ、雑誌やテレビで報道されると、そこにやってくる若者がどんどん増えていった。変な服を着た長髪ヒゲ面の若者が歩道に座って…
前回、食文化の変化の話を少ししたら、もう少し書きたいことが浮かんできた。旅と食文化の話だ。そこで、今回は番外編というわけだ。 石毛直道さんが編著者となって作った『ロスアンジェルスの日本料理店―その文化人類学的研究』(ドメス出版)が出版された…
ビートニク(beatnik)と呼ばれた者たちの文学運動は、1940年代末から60年代初めにかけて活発に活動した。そういう活動に参加した人たちを、ビート・ジェネレーションという。彼らの説明では、beatという語は、beatnific(至福)からとった自称で、1957年に打…
前回からの年表の続き。 1949 バロウズ、麻薬と拳銃の不法所持で逮捕。メキシコに渡り、メキシコ・シティー大学で学ぶ(52年に、危険外国人としてメキシコから追放される)。 1953 バロウズ、中南米を旅行した後。モロッコに定住。” The Naked Lunch”を書き…
これまで、ソロー(1817~1862)やジョン・ミューア(1838~1914)の話をした。20世紀に入り、職を求めて放浪するホーボーの話もした、1930年代の農民大移動の話は、スタインベックが『怒りの葡萄』で書いている。 今回からアメリカの戦後文化の話だ。「ビー…
韓国の海外旅行自由化の流れは1393話に書いた。ネットで簡単に手に入る資料だと、韓国で旅行が自由化されたのは、ソウルオリンピックの翌年、1989年だと説明されているが、まだ障害があったという話を書いた。日本の場合、1964年に海外旅行が自由化された。…
1970年代や80年代に、経済的な余裕がある若者は、数は多くなくてもインドにも香港にもいたが、彼ら彼女らがリュックを背負って旅に出ようとは考えなかった。金持ちは、家族そろってヨーロッパやアメリカに出かけることはあった。若者が留学するということは…
ヘンリー・ソローの生涯を知って頭に浮かんだのは、「高等遊民」という言葉だ。高等教育を受けていながら、その学歴を生かして保守本流の出世街道を歩まない。エリートの本流から外れているが、経済的には何とかなり、好き勝手に生きる若者というのが私のイ…
作家火野葦平に関して、このブログで長い話を書いた(「神保町で火野葦平に出会う」2016-06-15の834話以降)。そのなかで、『森の生活』と小田実の話を書いたので、その大筋を紹介する。 話は、神保町で見つけた『アメリカ探検記』(火野葦平、雪華社、1959…
ヘンリー・ソローの著作、『森の生活』("Walden; or, Life in the Woods“)が出版されたのは1854年だった。この本を、レフ・トルストイ(1828~1910)が読んでいたという情報がネットにあるが、トルストイの著作を点検してその証拠を探したことはない。あく…
ステレオの右スピーカーが低音音割れがあり、そこそこのカネを投じてウッドコーンスピーカー(ただし小型)に買い替えたのだが、数年前。想像していた通り、やはり低音は物足りない。サブウーファーを買おうかと思ったが、でかいからジャマだ。それで、しば…