1181話 大学講師物語  その10

 大学生の旅


 講師を始めて5年くらいの間、2005年から2010年ほどはなかなか刺激的だった。留学生が多くいたから、私が教えてもらうことも多かった。授業が終わってから、韓国語に関する雑多な疑問に答えてもらったから、毎回の授業が楽しみだった。
 5月初めになると、留学していた学生が1年ぶりに復帰してくる。留学していたので、授業の最初からは出席できませんでしたという書類も持ってくるからわかるのだが、もとより出席をとっていない授業だから、これ幸いに私が聞き手となって留学生活を話してもらう授業をしたこともある。留学ではなくても、「休学して地球一周しました」とか、「たびたび出かけています」という学生の存在がわかれば、すぐさま授業はインタビューに切り替えた。臨機応変の授業にしたいから、きっちりと決まったシラバス(授業計画)を作りたくないのだ。私から見れば、授業を受けている学生は、「みんな学生」でしかないが、学生それぞれはほとんど交流がない。高校からいっしょだからと言って、大学でも仲良しとは限らない。同じクラブにいるということでもなければ、横の関係はない。だから、私の授業を受けている学生のひとりの旅を、私は知りたかったし、ほかの学生に紹介したかった。
 2007年ころだったと思うが、まだ出席者が多い4月の授業で、「外国旅行の時に持っていきたい食べ物はあるか」という調査をしたことがある。授業中に、学生ひとりひとりに聞いて回ったのだ。インスタントラーメンとパック入り白飯という回答が多く、「特になし」というのも結構いた。印象に残っているのはそういう回答ではなく、200人ほどの学生のうち、「外国に行ったことがないのでわかりません」と答えたのは、わずかに3人だけだった。その3人も、もしかして卒業までに外国に行ったかもしれない。
 この話を他校で教えている友人たちに話すと、「立教は、お坊ちゃん、お嬢ちゃんが多いからなあ。ウチの大学だと、外国に行ったことがあるのは2割いるかなあ」などという感想がいくつか寄せられた。別の年のレポートでわかった学生の外国体験例では、確かに親が富裕層だと想像できる例もある。夏休みに英語留学でハワイに、サンフランシスコに、カナダに、という例はある。大学が関係する研修旅行やゼミ旅行の費用は、アルバイトをしながら大学に通っている学生には、自費参加は難しい。
親がハワイに別荘を持っているらしいという例もあったが、大多数は次のような外国体験だ。まず、中学と高校の修学旅行だ。今や、海外修学旅行というのは特別な存在ではない。家族そろってハワイ旅行というのも、今は特別な富裕層の旅行ではない。それに加えて、サッカーなどスポーツの海外遠征、地方自治体の友好都市交歓会出席というのもあった。
 大学生の旅というとバックバッカーのような旅を想像していたのだが、自分の旅行体験を書かせたレポートでわかったのは、修学旅行やゼミ旅行のような団体旅行と、「2泊3日ソウルの旅」ツアーに参加するOLの旅のようなものが多い。韓国短期旅行なら、個人旅行よりもツアーに参加するほうが安いのだが、韓国10日間の旅を自分で作るという学生は、極めて少ない。年によって違うだろうが、ツアーに参加せず、自分で計画を立てて旅する学生は5パーセント、多くても10パーセントくらいだろうか。「母と一緒にヨーロッパ 費用は親持ち」というのもあるだろうが、どの程度いるのかわからない。
 つまり、大学生の旅でも、外国語を話さないといけないような旅はほとんどしていないらしいということらしい。