1289話 スケッチ バルト三国+ポーランド 8回

 

 日本人旅行者

 

 「どこに行っても、中国人旅行者ばかりだよ」というのは、今や世界の共通認識なのだが、今回の旅では印象が違った。

 ラトビアのリーガに着いた翌日、朝飯が食べられるかもしれないという淡い期待をしつつ、ドアを開けたばかりの中央市場に行ってみた。宿の近くだから、わざわざ出かけたというわけではない。マクドナルド以外で朝飯を食べたかったのだ。市場は野菜館、魚館、肉館など扱う商品ごとに建物が分かれていて、魚館に入ると向こうから歩いてくる団体が見えた。「日本人だ!」とすぐにわかった。20代の若者だと、日本人と韓国人と台湾人との区別がつきにくいということはあるが、高齢者はそれぞれの文化を長年身にまとって生きてきたので、服のデザインや色や髪形や身のこなしなどで、日本人かどうかすぐわかる。その団体とすれ違うときに、ガイドが日本語をしゃべっているのが聞こえた。中央市場は「やや観光地と言えなくもない」という程度の場所で、リーガ大聖堂のような一級の観光地ではない。しかも、ここはロンドンでもパリでもない。日本人の多くが国名さえ知らないラトビアのリーガの市場なのだ。そういうマイナーな場所に朝早く日本人の団体客が歩いているというのを、どう理解したらいいのだろうと、ちょっと頭が混乱した。

 市場をちょっと歩いて、朝飯は食べられそうもないことがわかり、朝食はあきらめた。昔ユダヤ人街だったあたりに出て、ダウガバ川沿いを歩いていると、先ほどの団体が歩いてきた。川沿いの広い道路に、団体客を待つ大型バスが泊まっている。団体客と再び遭遇したので、好奇心を抑えきれなくなった。

 「おはようございます」と、互いの写真を撮りあっている老夫婦に声をかけた。歩いている人に声をかけるのはためらうが、ポーズをあれこれ考えて写真を撮っている人には声をかけやすい。

 「おお、日本の方ですか。ここにお住まい?」

 「いえいえ、ただの旅行者です。皆さん、何か特別の会の旅行とか、何かの団体の方とかですか?」

 リーガと神戸は互いに友好都市だからそういう関係の団体か、「ラトビア友好の会」といった団体の旅行ではないかと想像していたのだ。

 「いえいえ、ただの、普通に募集した35人の団体旅行ですよ」

 「そうですか・・・」

 私は、「自分はマイナーな国に来ている」と思い込んでいた。バルト三国といっても、エストニアラトビアリトアニアといっても、日本人はその場所も首都名も知らないマイナーな国に来たと思っていたが、到着翌日に、70代の日本人35人の団体客に遭遇したのだ。

 その日の午後、旧市街を歩くと、ふたり連れの日本人に何組も会った。母と娘や友人と思われる人が、「地球の歩き方」を手に歩いていた。観光案内所に行くと、「ねえ、みさこ~!」という声が聞こえて、見ると老婦人がふたり。たぶん姉妹だ。姉が妹を呼んだのだと想像した。有名観光地ブラックヘッドの会館前を歩いていたら、団体客に解説をしているガイドの日本語が聞こえた。20人ほどの団体だった。

 この文章を書いている日の新聞に、「バルト3国とポーランド 10日間」という広告が出ていた。なるほど、そういうツアーがあるんだ。8月出発は35.5万円だが10月なら27.9万円だ。「往路直行便利用」と書いてあるが、日本からの直行便はないはずと思い、小さな文字を読むと、フィンランドフィンエアーを使ってヘルシンキに行き、フェリーでエストニアのタリンに行くというルートだ。だから、「直行便」はウソだとわかる。この広告を出しているのは、クラブツーリズム

 知り合ったラトビア人に、「リーガの隠れ家的なカフェ」という場所に案内してもらい、路地の奥にあるその店の庭でコーヒーを飲んでいると、「ここいらとちゃう? ちゃうかなあ」「ちゃうちゃう。ちゃうで~、ここやない!」という大声が聞こえ、行き止まりになっている路地に入り込んだ関西人がいた。

 ラトビアに限らず、エストニアでもポーランドでも,リトアニアでも、日本人旅行者に出会った。もちろん中国人旅行者にも出会ったが、日本人のほうが多く会っている。定年退職後の夫婦が、自分たちで航空券の手配とホテルの予約をして、あとはその日の気分で散歩するという時代になったのだ。若い時からそういう旅をしてきたとか、元駐在員とか、外国語がある程度できて、旅行にも慣れている中高年者が増えていると実感した。ただし、若い日本人の姿は見かけなかったが・・・。バルト三国は日本人の間でブームなのだろうかと思った。私がリーガに滞在していた時、旧知の大森せい子さん(イラストレーター)も偶然滞在していたというくらい、今は日本人に人気の旅行先なのだろうか。

 昔は日本人旅行者を見かけてもこちらから声をかけることはなかったのだが、少しは大人になったせいか、「無視する理由もないし」と思い、一応は挨拶するし、困っているようだったら、「どうかしました?」と声をかける。そうやって、何人もの日本人と出会って、私と同世代の人たちと話していて気がついたのは、ほとんどの日本人から「ご職業は?」という質問を受けたことだ。いままで世界のいろいろな人たちと話をしていて、会話を始めて1分以内に「仕事は?」という質問を受けたのは、インド以外では、今年出会った日本人旅行者たちだけだ。なぜ、すぐに職業を聞きたがるのだろうか。話し相手の肩書を知らないと、安心して話ができないのだろうか。それが気になった。

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 リーガの観光客密集地のひとつ、ブラックヘッドの会館。真新しいので「もしや・・・」と思ったら、1990年の再建だった。

 

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 その裏手を上から見ると、鉄筋コンクリートで造っていることがよくわかる。

 

 この文章を書いてから10日後の新聞広告。「バルト3国とフィンランド 8日間」は、上記ツアーのポーランドに代えてフィンランドにしたので、「往復直行便利用」とうたえる。これが安い。1月2月の極寒の時期なら、16万9000円だ。バスによる長距離移動ばかりの日程なので、「トイレ付バス利用」の文字が大きい。これも、クラブツーリズムのツアー。