1303話 スケッチ バルト三国+ポーランド 22回

 ソビエト時代のエストニア展から その2 KALI

 

 「ソビエト時代のエストニア展」の会場前に、黄色いタンク車が止まっていた。展示場唯一の職員は、このタンクの前で、何かの飲み物も売る販売員でもある。両方の仕事ができるほどヒマだということでもある。

f:id:maekawa_kenichi:20190820094939j:plain

 これが、タリン駅。カメラを180度回転させると・・・

 

f:id:maekawa_kenichi:20190820095025j:plain

 回顧展をやっていて、黄色いタンク車が停まっていた

 

 黄色いタンクにはKALIと書いてあるが、その名に心当たりはない。コップに注がれた液体を飲んでいる人を見て、「もしや・・・」という気がした。好奇心が刺激されて、私も飲んでみた。遠い記憶を掘り起こすと、「多分あれだな」という心当たりがやはりあった。

 黒い色の冷たい液体だ。味は・・・、気が抜けたコーラだな。コップにコーラを注ぎ、ちょっと水で薄め、そのまま数時間放置して炭酸を抜いたような味。甘いが、甘すぎないこの液体を、遠い昔に飲んだことがある。ショーガを入れれば、関西の夏の飲み物「冷やしあめ」にやや似ているかもしれない。

 1975年、夏。モスクワ。おお、44年前だ。モスクワの街を歩いていると、もはや日本では時代遅れになったジュースの自動販売機を見つけた。細長い箱の上に球形のガラス製ドームがあり、ジュースが噴水のように吹き上がっている。カネを入れると、置いた紙コップにジュースが注がれる。こういう自販機を、専門的には噴水式ジュース販売機と言うそうで、私の記憶では1960年代前半くらいまでは見かけたが、70年代に入るとビン入りの飲み物販売機が現れ、そのあと自販機は缶入り飲料の時代になり、現在は飲み物にもよるがペットボトルが主流になる。

 だから、1975年のモスクワでこの噴水式自動販売機を見かけとき、まず「おお、懐かしい。こんなところに・・・」という驚きで、つぎに、「どんな飲み物なんだろう?」という疑問があり、機械にカネを入れたのだが、そんなコインを自分で持っていたのかどうか記憶がない。その時の私は、横浜から船と鉄道と飛行機を使ってロンドンに行く片道ツアーの参加者だったから、基本的に現金は必要なかったのだが、数ドルほど両替したのだろうか。それとも、ガイドという名の監視員(日本語を学ぶ大学生だった)が払ってくれたのかもしれないが、カネに関する記憶はまったくない。しかし、この飲み物の味はよく覚えている。強く記憶に残るほどの強烈な味ではないが、覚えていた。

 ロシアの旅から帰ってから読んだ本で、その飲み物はクワスという名だと知った。ライ麦麦芽を発酵させた飲み物で、ウィキペディア日本語版では「アルコール1~2.5%」とあるが、英語版では「0.5~1.0%」となっている。私はアルコールに極めて弱い体質なのだが、その私でもアルコールは感じた記憶はない。

 クワスはロシア語でKBACと書き、英語やラトビア語ではKVASS、エストニアではKALI、リトアニア語ではGIRAという。ロシア以外でも旧ソビエト圏でも広く飲まれているようで、バルト三国でも飲まれているが、どうやらエストニアがもっとも多く消費されているらしい。エストニアで飲んだKALIも、アルコールは感じなかった。

 とりたてて「うまい!」という味ではないが、暑い夏にこの冷たい飲み物は似合う。

f:id:maekawa_kenichi:20190820095336j:plain

 右の女性が回顧展スタッフ兼KAKI販売員。

f:id:maekawa_kenichi:20190820095420j:plain

 これがKALI。この量しかないのではなく、暑いからゴクリと飲んでから、「ああ、写真だ」と気がついたからだ。写真撮影に熱心ではないのが、インスタ映えとは無縁の私だ。値段をメモしなかったが、1.50ユーロだったような気がする。

 

 ちなみに、1975年のモスクワが、私の旅の最高北緯(55度45分)だった。今回の旅で行ったエストニアのタリンが北緯59度26分だから、もっと北に来てしまったことになる。これ以上北には、多分行かない。