1349話 スケッチ バルト三国+ポーランド 68回(最終回)

  落穂ひろい その7

イレズミ・・・イレズミ者と筋肉者に共通なのは、やたらに肌を見せたがるという点なのだが、初夏の旅では、そのどちらもよく見かけた。ある日、うなじに大きく「毅」という漢字を彫っている若い女を見かけ、「毅然の毅、人名ならたけし、つよし」ということはわかったが、訓読みも意味もわからない漢字だ。おそらく辞書で何かの語の中国語訳を見つけて彫ったのだろう。あるいは、恋人の名前か。まさか、亀田三兄弟のファンということはないよな。

機内食・・・アエロフロート機内食には期待はしていないが、できるだけマシなものを食べたい。

 “Chicken or Fish?”

 いつものセリフが聞こえたが、料理を確かめず“Fish,Please”などと言って、ひどい食べ物が来てしまうことがある。だから、どういう料理なのか確認したくなった。

 “How do you cook chicken?” (トリをどう料理したの?)

 “I don’t know. Because I don’t cook.” (わかんない。だって、あたしが料理したわけじゃないし)

 この場合のyouは、今、目の前に立っている新米客室乗務員の「あなた」の意味じゃないんだけど、などと英語教師のようなことを思ったが、なんだかちょっとほほえましかった。

・・・成田空港のゲートにある自動販売機で飲み物を買うことにしている。ここで買えば、機内に持ち込める。今回はポカリスエットにした。飛行機がモスクワのシェレメチェボ空港に着いたときには空になっているから、空港の水飲み器(余談ですが、今「mizunomiki」と打ったら、水野美紀と変換された)で、ペットボトルに水を補充した。以後、旅先のスーパーマーケットで1.5リットルの水を買い、ポカリスエットのボトルに補充して持ち歩いていた。

 さて、リトアニアのビニリュスの宿でのことだ。宿には台所がついていて、ありがたいことに各種紅茶のティーバッグが用意されていて、飲み放題だ。私は毎朝、出かける準備ができたら、台所に行き、紅茶を飲みながら、街の地図を眺めたり日記の続きを書きながら、その日の散歩の構想を練っていた。部屋から出てきた旅行者は、台所の流し場の水をボトルに入れて、次々と散歩に出て行く。そういえば、水が入った大きなペットボトルを手にしている旅行者をあまり見かけない。

 水道の水をボトルに入れている旅行者に、「飲んでも大丈夫な水なの?」と聞くと、「ヨーロッパの水ですから、まったく問題ないですよ」と笑顔で言う。そうなんだよな。「水道の水が飲めるのは日本だけ」なんて、ニッポン万歳派の人たちは言いたがるが、そんなことはない。そういえば、「日本の水はすばらしい」という人は多いが、その日本で水を買っている人も多いんだよな。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100230j:plain

 リーガを去る朝、宿の窓辺にボトルを置いて、記念撮影。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100307j:plain

 空港に着いて、ふた口飲んだあと、成田からずっと持ち歩いていたこのボトルをまた成田に持ち帰ろうとふと思った。ボトルを没収されないように残っている水を捨てた。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100402j:plain

 モスクワ郊外。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100431j:plain

 まもなく、モスクワ・シェレメチェボ空港。ボトルに水を補給できる。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100457j:plain

 成田空港に到着。

f:id:maekawa_kenichi:20191122100522j:plain

 しばし飛行機を眺めて、このボトルを捨てた。旅は終わった。

 

 68回にわたって書いてきた旅物語「スケッチ バルト三国ポーランド」は今回が最終回となった。書き始めたときは、「なるべく短く」と思っていたが、7月から始めて11月までの、8万8000字の旅物語になってしまった。書き延ばそうという意図などまったくなく、書きたいことを書いているうちに長くなってしまっただけだ。旅の話を書くたびにいつも思うのだが、書きたいことがたくさんある旅は、やはり幸せな旅だったと思う。