中国人の海外旅行史
中島恵の『中国人は見ている』がちょっとおもしろかったので、この著者のほかの本を探し、すぐに『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』(中公新書ラクレ、2015)を買った。すでに、このタイトルは客寄せのこけおどしということはわかっている。「トイレ」と書けば少し売り上げが上がるだろうという思惑がミエミエだ。どうせトイレのことなど大して書いていないだろうと予想した通り、内容的には、東京本社から大阪出張に行くサラリーマンが、名古屋あたりで読み終える薄っぺらな内容の本で、トイレのことなどほとんど書いてない。そういう本を求めている読者も少なからずいるから、非難はしない。
2時間で読み終えたいという読者の関心分野ではないだろうが、「第2章 行列のできる中国パスポートの超不安」が、私の関心分野にぴったりくる。中国人の海外旅行史に触れているからだ。
「中国政府が自国民の海外団体旅行(香港・マカオを除く)を許可したのは97年、個人旅行は2009年からなので・・・」
日本の海外旅行自由化は1964年、韓国は1989年だ。中国はまだ20年ちょっとの歴史しかないのだから、旅行者のすさまじい急増ぶりにあらためて驚く。
残念ながら、この本には中国人のパスポート申請手続きに関してはまったく書いてない。日本の場合、海外旅行自由化以前はパスポートを取得することが一大事だった。自由化後は申請書に戸籍抄本、写真、金融機関の残高証明書が必要だったが、旅行社に依頼しなくても個人で簡単にできる手続きだった。それが中国ではどうなのか知りたいのだが、まったく書いてない。日本に住んでいる中国人留学生とちょっと話をしたとき、「外国旅行をしている中国人は都会に住んでいる特別な人たちで、田舎に住んでいる人はそもそもパスポートはとれません」ということだった。そのときに詳しい話を聞かなかったのがなんとも残念だ。中国には、生まれた場所により、都市戸籍と農村戸籍のどちらかに分類される。農村戸籍の者は、パスポートの申請が難しいというのがその留学生の解説だった。
『なぜ中国人は・・・』には、パスポートのことは書いてないが、中国人が外国に行こうとすると多くの国でビザが要求されるという話が出てくる。中国人がビザなしで観光旅行ができるのはドミニカとアフリカのいくつかの国しかないと書いている。この本の出版時2015年の事情なので、現在は変わっているかもしれない。
「ビザは相互取り決めだから、日本人がビザなしで入国できる国の国民は、日本にビザなしで入国できる」と思い込んでいる人がいるが、それは違う。日本人は15日間以内なら、中国にビザなしで滞在できるが、中国人は無条件で日本のビザが必要だ。ベトナムやフィリピンに関しても同様で、日本人はベトナムに15日間、フィリピンには30日間ビザなしで滞在できるが、ベトナム人もフィリピン人も、日本の観光ビザが必要だ。
『なぜ中国人は・・・』に、日本に行くツアーに参加しようとした中国人女性の実例が書いてある。必要書類は以下の通り。
・ビザの申請書
・夫の在職証明書
・銀行の残高5万元(約80万円)以上を示すために、通帳のコピー。
別の中国人は5万元以上の残高がなかったので、帰国まで口座が凍結されたという。海外逃亡を防ぐためだ。
以上は団体旅行に参加する場合だが、ドイツ、オーストリア、チェコで個人旅行をしたい中国人のビザ申請の実例が書いてある。
・不動産取得証明書、預金残高(5万元以上)の通帳コピー、在職証明書、航空券の実物、日程表、宿泊先予約表などだそうで、不動産を持っていない場合は、預金残高の金額が引き上げられるそうだ。ビザは当然、それぞれの訪問国の大使館に申請するのだ。
日本人にとっては気軽な海外旅行も、中国人にはカネがあってもこれだけ大変なのだということだ。それでも外国に行こうとする熱意は大変なものだ。
旅行というものは、カネを使うだけで、金銭的利益はない。書画骨董の収集や不動産購入と違い、旅をしても残るのは思い出と写真くらいなものだ。そういう事に、現在の中国人は労力とかなりのカネを使っている。
新型肺炎のために、中国人の団体海外旅行は1月27日から一時中止すると、25日の人民日報が報じたことを、記録のために書き残す。