1405話 食文化の壁 第3回

 外国料理の壁 スパイス&ハーブ

 

 1980年代後半、日本でタイ料理が話題になり始めたころ、日本ではタイ料理はそれほど受け入れられないだろうと思った。辛くて臭いからだ。日本人が抵抗なく食べられそうな外国料理は、トウガラシをほとんど使わないフィリピンやベトナムの料理なのだが、現実はタイ料理が突出して人気を得た。臭い草(タイ語パクチーという草のほか多数ある)が日本ではタイ以上に注目され、チューブ入りパクチーペーストまで発売されるようになった。

 日本人は、パクチーコリアンダー)を拒絶するだろうと思ったが、「好きだ」とか、「まあ、食える」という人もいて、タイをよく知る友人知人たちに、「日本人の何割がパクチー嫌いだと思います?」と聞くと、「3割か4割かなあ・・・」という。「好きだ」という人が2割か3割、残りが「特に好きではないが、食える」と推察している。つまり、6割か7割ほどは、食えるらしい。

 ただし、ちょっと注釈をつけたい。タイに来た団体観光客が口にしているタイ料理は、「外国人向けのタイ料理」で、臭みも辛みも少ない「もどき」料理だ。バンコクの屋台や食堂で食べていれば、タイ人が普段食べているのと同じ料理になるのだが、それは「バンコクの中国系タイ人レベル」であって、農村の家庭料理レベルではない。とても臭く(ハーブのせいだ)、とてつもなく辛いのが農村の家庭料理だ。今の日本では、タイのカレー(これをケーンという)といえば、「レッドカレー」とか「グリーンカレー」が知られているが、赤くもなく、緑でもないケーンを食べたことがある日本人観光客がどれだけあるだろうか。南部のケーン・ルアン(黄色いケーン)やケーン・パー(森のケーン)となると、バンコクに住んでいる中国系タイ人は食べられないかもしれない。だから、「いわんや日本人観光客をや」である。

 日本人は羊肉が苦手だ。

 羊肉の人気は、北海道と一部の長野県以外に広がらない。その昔、1960~70年代だったと思うが、「ジンギスカン料理」が一部で話題になり、北海道以外のスーパーで羊肉が売られるようになったが、「まずい、臭い」ということで、日本からほとんど姿を消した。「生後1年以上のマトンは臭いが、1年未満のラムなら臭くない」と「美味しんぼ」では言っているが、「それなら、ラムをどんどん食べようか」という動きはあまりない。羊肉輸入量は2000年代で最低だった2005年ごろと比べると増加しているが、「普通に食べる肉」にはまだなっていない。臭気とは別に、ブタ肉や鶏肉が安いから、高い羊肉をわざわざ食べることはないという理由もありそうだ。

 ここ20年か30年のことだろうが、中国東北部から日本に来た人が増えるにつれて、羊肉を出す中国料理店が増えているような気がする。中国東北部や新疆ウイグル地区では羊肉をよく使うからだ。そのなかで有名なのが羊肉の串焼きで、香りづけに大量のクミンを使うから、店内の匂いは中国料理店というよりインド料理店のようだ。

 そういえば、日本人が苦手な中国スパイスは、五香粉(ウーシャンフェン)という複合スパイスで、花椒クローブ、シナモン、スターアニスフェンネルなどが入っている。これらのスパイスが入ると、日本人は「漢方薬臭い」と感じる。日本人はカレーが好きで、大抵のインド料理も辛さを別にすれば「臭い」と嫌がる人は少ないと思う。それなのに中国料理では「臭い」となるのは、インド料理の場合、スパイスが油で包まれているからかもしれないと想像している。

 油の話は次回に。