1525話 本の話 第9回

 

 『とっておき インド花綴り』(西岡直樹、木犀社) その1

 

 今年もまた、いつものようにコラムを書いていけることの幸せを感じつつ、書き始めます。

 

 私のインド知識は無に等しいし、関心もそれほど強くない。しかし、西岡直樹さんの本を何冊か読んでいる人となら、楽しい旅の話ができるような気がする。

 木犀社(もくせいしゃ)から出ている西岡さんの「インド花綴り」シリーズは、1988年の『インド花綴り 印度植物誌』が最初だった。菊池信義さんの美しい造本で、すぐさま買って読んだ。愛読書になった。今、この本をアマゾンで調べると、最低価格でも4800円もしている。続編の『続インド花綴り 印度植物誌』が出たのは1991年だった。その後、正続2冊を合わせて加筆して、『定本 インド花綴り』(2002)となって出版された。このほかにも、西岡さんの本は何冊か読んでいる。インドへの興味からではなく、西岡さんの文章と植物画が素晴らしいからだ。

 西岡さんの文章は、文章家として味わい深いというだけでなく、植物学に関する確かな知識に裏付けされたものだから、資料にもなる。西岡さんの手による絵も、単なる「雰囲気の挿画」ではなく、植物の知識があって初めて描ける植物図鑑の絵なのだ。

 そして、2020年、『とっておき インド花綴り』が出た。元になった原稿は、月刊誌「インド通信」に連載した「インドの植物」である。この本の巻末の「参考文献」ページに載っている日本語文献をざっと眺めると、21点のうち半分くらいは私も持っている。『週刊朝日百科 世界の植物』(全146巻)をはじめ、農林省熱帯農業研究センターの『東南アジアの果実』や『熱帯の有用植物』、そしてこのコラムでもたびたび引用している『世界有用植物事典』(平凡社)などだ。

 よく手にしている植物の本が重なっているからと言って、西岡さんと私の興味の方向が重なっているというわけではない。この本は、「植物の知名度や重要性とは無関係」に、「思いつくままに綴ったもの」だというのが、西岡さんの基本方針だった。私はといえば、植物に興味を持った当初は「食える植物」にしか興味はなく、その後次第に、繊維や薬用など利用できる植物に興味が広がっていったのだが、基本はやはり有用植物だ。「ただの花」にも目が行くようになったのはここ10年ほどだろうか。ランタナカランコエなどは、旅先で見た花に日本の園芸店で再会し、「ああ、これか」と花の名を知り、鉢植えを窓辺に置きたくたった。

 だから、私が読みたい植物の本は穀類であり野菜であり果物であり海藻類などだが、そういう植物はいままでの『インド花綴り』では後回しになっていたので、今回の『とっておき』では私の関心分野に少し近づいたようだ。具体的にどういう植物をとりあげているのか 、いちいち書き出すときりがない。アマゾンのこの本のページには目次は出していないので、この目次を紹介しておく。

 「インド藍2種」の項を読む。藍染めの過程はテレビで何度も見ているから、植物のアイの栽培から、染め上がるまでのことを少しは知っていると思っていたのだが、私は何も知らなかった。日本人が藍と呼んでいるタデ科の植物が、すなわち藍染のアイだと思っていたのだが・・・。

 「インディゴを含む含藍植物は意外と多く、世界に多数あるが、古くからインドで栽培されてきた通称インド藍と呼ばれるマメ科コマツナギ属の木本はとくにインディゴの含有量が多い」

 インディゴは藍色の染料で、世界的にはコマツナギ属を使ったものが主流で、かつてはこの植物から染料を取っていたが、栽培や製造のコストや管理が大変なので、現在では工業的に製造した染料を使っているようだ。したがって、現在ではインディゴの合成染料を使ったものを「インディゴ染め」と呼び、タデ科のアイを使ったものを「藍染め」と呼び分けていると、ネット辞典の『実用日本語表現辞典』にある。

 西岡さんが紹介している「インド藍2種」とは、いずれもコマツナギ属の植物だが、ほかにもアブラナ科やキツネノマゴ科の植物を原料にするものがあると筆が進む。「インド藍2種」はわずか9ページの文章だが、調べながら読んだから時間がかかった。染物にかかわっている人には常識中の常識だろうが、私には知らないことばかりだ。これを別な観点で言うと、有用作物には資料が多いということだ。調べる気があれば、いくらでも情報がある。インド、藍、東インド会社アメリカのプランテーションという単語で、インドの近代史を語ることができる。そういう調査を始めれば、綿や胡椒などと同じように何週間でも遊べる。。

 ちなみに、キツネノマゴという名がおもしろいので、どういういきさつで命名されたのか知りたくなった。15分ほど調べてみたが、どうやら「由来は不明」が正解らしい。こういう本の読み方をするので、時速1ページだったりするのだ。