1757話 アメリカ・バス旅行1980 その4

 1980年のアメリカ取材旅行中に出会った食べ物で、「あれはうまかったなあ」というものはほとんどない。「ちょっといいね」という程度ならいくつかあり、その中のベストはコーンチップスかもしれない。トウモロコシの粉が原料のポテトチップス状のもので、アメリカではごく普通に売っているものだが、当時の日本ではあまり人気が出なかった。トウモロコシの匂いが合わないのだろうか。

 袋に入ったチップスをそのまま食べることが多いのだろうが、友人に教えてもらったのは、サルサソース(サルサは「ソース」という意味のスペイン語だから変な表現だが・・・)に、刻んだトマトを混ぜたタレにつけて食べる。市販のサルサには辛さのレベルを選べる。デンバーで知り合った人たちと行ったファミリーレストランのような店で食べたのは、皿に生トマト入りサルサを敷き、コーンチップスの敷き詰め、その上にチーズをまぶして焼いたピザ風の料理だ。

 この取材を終えて帰国するとき、ロサンゼルスでコーンチップと瓶入りサルサソースを大量に買った。日本で「アメリカの味」に浸る計画だった。ソースのラベルには寒暖計のイラストがあり、その指示温度で、辛さの程度がわかる。出発日の朝、「特辛」や「やや辛」など何瓶も買った。そのスーパーの大袋を宿に忘れてきたことを、空港に着いたときに気がついた。あ~あ。

 味の話ではなく、思い出に残る食べ物の話なら、いくつか浮かぶ。

ハンバーガ

 知り合いの知り合いの知り合いといった極細のつながりをたどり、インタビューをしながらアメリカを旅する取材をしていた。その場所は忘れたが、中部の小さな街だったと思う。紹介された男の仕事先に電話すると、「きょうは早めに仕事が終わるから、ウチで話をしましょう」ということになった。午後の遅い時間に、タクシーで仕事場に行った。相手の素性などまったく知らずに電話をしたのだが、男は30歳前後のイギリス人だった。やさしさにあふれる表情だった。

 仕事は”bookkeeping”というので、書店や図書館の仕事を想像したのだが、話が合わず、そっと辞書で確認すると「簿記係」とある。事務員らしいという想像はついたが、簿記とは「帳面に記入する」という想像しかできない。経理係とどう違うのかわからない。私は、英語と日本語と教養が不自由な取材者だ。

 彼の車で1戸建ての家に行った。夕食はハンバーガーだというので、正直ガッカリしていたのだが、庭に置いた円筒形のバーベキューコンロで焼いた粗挽きハンバーグは想像を超えてうまかった。炭火で焼いたので煙がいい調味料になっている。フニャフニャに柔らかい日本のお子ちゃまハンバーグは苦手だから、ハンバーグはまず口にしない。ここでは、牛乳に浸したパンもみじん切りのタマネギも入れず、こねまわすこともせず、混ぜ物いっさいなしの、牛肉100%に調味料入れただけの炭焼きハンバーグだ。

 ハンバーグはうまかったのだが、問題は彼の妻だった。私に対して、明らかに敵意を示す態度だった。私が気に食わないのか、突然客を連れてくる夫に対する怒りなのか、普段から夫婦仲に問題があったのか、そのあたりはわからない。

 「飲み物は?」と妻が聞くので、

 「コーヒーを」というと、

 「ウチはコーヒーを飲みません」

 「じゃあ、コーラでも」

 「コーラも飲みません」

 「では、お茶を」

 会話はそれだけで、同じテーブルにつくものの、私とも夫とも一切話をしなかった。