1860話 夢はなんとも不可解である、当たり前だけど。 下

 

 会いたい人に夢でさえなかなか会えないのに、まったく意識していない人が夢に出てくるということがある。学校や職場などで、ただ顔を合わせるだけの人と、夢のなかでなんと恋仲だという夢だ。いままでその人を気にかけていたことなどなく、ましてや恋心を抱いたこともないのに、なぜか夢で仲良くなっている。

 小学校5年か6年の時だったと思う。同級生といっしょに帰宅している夢を見た。その人はもちろん名前は知っているが、それだけの関係で、多分話もしたことがないと思う。朝の挨拶さえしていないと思う。夢の中では、その人と仲良く下校しているのだ。朝、目が覚めて、「これは、なんだ!」と驚いた。その日から、教室でその人に出会うと、妙に恥ずかしかった。その人は私が見た夢など知らないのだから、気にすることなど何もないのに、なんだか気恥ずかしい。その夢は今でも覚えている。

 変な夢だ。大好きな人の夢を見るならわかるが、まったく意識していない人の夢を見るという理屈がわからない。そう思った。大人になって、私と同じ夢体験をしている人が少なからずいることを知って、珍しい体験ではないとわかった。

 さて、つい先日のことだ。夢に、中学時代の知り合いが登場した。夢の中でも恋仲ではない。道で行き違っただけのことで、何も事件は起きない。その人は、同じクラスになったことはないが、友人の友人ということで、廊下などで出会うとちょっと話をしたことはあった。背が高く、宝塚の男役のように短い髪を撫でつけていた。ちょっと珍しい姓で、発音がしにくいことで、印象に残っている。たったそれだけのことなのに、夢に登場したのが不可解なのだ。夢の中の彼女は中学生ではないが、20代くらいだろうか。画像がはっきりしない上に、言葉も交わさない登場シーンなので、夢の中でさえ印象が薄い。

 中学卒業後、彼女とは一度も会っていないのだが、実は電話がかかってきたことがある。20歳か21歳のことだから、1970年代初めころだ。

 「あの、さあ、突然電話して、悪いんだけど、今月中に家賃を払わないと追い出されるんで、ホントに悪いんだけど、お金を貸してほしんだ・・・」

 金額がいくらだったか覚えていないが、3万円か5万円か、そのくらいの金額だったと思う。10万を超えることはなかったと思う。昔は卒業生名簿が公開されていたから、ウチの電話番号は簡単にわかり、電話がかかってきたときに、たまたま私が在宅していたということだ。

 顔見知り程度の関係しかない人からの、突然の借金お申込みだ。私は外国に行こうとカネを貯めていたから、そのくらいのカネは持っていたが、「いいよ」などと簡単に言う気はなく、すぐさま断った。電話は、あっさり終わった。

 それから数か月たったころ、中学高校と一緒だった友人たちと喫茶店で雑談しているときに、「そういえば・・」とあの電話の話をした。友人たちも彼女の記憶はあったが、電話はかかってこなかったようだ。

 「それは、さあ」とひとりが言った。「子供をおろすんじゃないか。家族や親しい人にも言えず、カネが必要というのは・・・」

 「オレは、悪い男に引っかかっているんじゃないかと思う」と、別の友人が言った。「その男の子供をおろすということも考えられるが、男の借金を今まで肩代わりしてきたが、もう借金できるところがなくて、お前に電話してきたとか・・・」

 その元中学生と、50年以上のちに、夢の中で道路ですれ違うのだから、夢は不可解である、当然だけど。