1942話 気に食わない その3

 

 こんな批判をされたことがある。

 バンコクの安宿に到着したばかりのその日本人旅行者は、「どちらから?」という同宿者の問いに対して、「ロンドン。イギリスに3年いたから、日本の事情に疎くてねえ、今の日本はどうなっているのかなあ。なにしろ、イギリスに3年いたからねえ」と、うるさい。アジアでウロチョロしているお前らと違って、オレはヨーロッパ生活が長いんだよとは言葉には出していないが、まあ、そういう態度だったから、私は話しかけなかった。

 それなのに、翌日また会ってしまった。友人が働いている旅行社で雑談を楽しんでいたら、あのイギリス帰りが事務所に入ってきた。カウンターにいる友人に用件を伝えているようだが、あまりに英語がヘタだからいっこうに要領を得ない。友人が私を見る。目は「通訳をしてよ」と言っている。詳しくは忘れたが、フィリピンだったか香港だったかを経由して日本に向かう航空券が欲しいということだった。

 こういう話を書いたら、「3年もイギリスにいて英語がさっぱりしゃべれない日本人なんているわけないだろ。これは前川の作り話だ。でたらめを書いて、日本人をバカにしている」という批判だ。

 「外国に長くいれば、英語くらいは簡単にしゃべれるようになる」と思い込んでいる日本人が少なくない。その日本人が、例えばイギリスに1年いれば、「たちまちペラペラと英語が話せる」ようにはならないことが、住んでみれば実感としてわかるようになるだろうが、外国での体験があまりないとわからないだろう。

 ロサンゼルスで会った日本人は、英語はまったくできなかった。日本料理店の料理人で、友人知人もすべて日本人で、日本語だけの生活を3年以上送っていた。困ったことがあれば、店のスタッフに相談すればいいから、英語は必要ない。ワーキングホリディーで外国生活を送る日本人でも、日本料理店で働き、日本人とアパートで共同生活をしているという人もいる。外国語を話す機会などほとんどないのだ。日本で長年暮らしている米軍関係者なら、日本語はさっぱりという人がいることを、私の文章を作り話だと批判した人は想像できるだろうか。

 日本や日本人に対して、全面的に絶賛賛美しないと、「お前は反日か」、「在日だな」といったネトウヨ的批判を浴びる。ネトウヨネトウヨであるがゆえに、そこに論理的思考や資料の裏付けなどない。私の意見や考えが「こういう理由でおかしい」と論理的に罵倒するのではなく、実際は「とにかく、前川が気に食わないんだよ、とにかく」ということなり屁理屈の批判をする。

 ついでにもうひとつ言っておくと、私は自分の職業を「旅行作家」だの「紀行文作家」などと自称したことはない。出版社などに、「肩書はどうします?」と聞かれたら、「ライターです」と答えている。なぜそういうことを書くかと言うと、「旅行作家のくせして、資料を読んで解説なんかしている。生意気だ」という批判があるからだ。私は捧腹絶倒(抱腹絶倒)の旅のバカ話を書く才能はないし、感動を呼びそうな涙の旅物語も書けない。そういう方面の文章力がないから、旅をしていて疑問に思ったことを調べて、書いている。そういうライターだ。