1957話 大阪という異郷 下

 

 かつて「大阪と構想」というものがあった。いろいろ考えてみると、この「と」にふさわしい漢字は賭博の「賭」だろうという結論に達した。大阪を賭博場にして、寺銭を稼ごうというのが、大阪を指導する政党幹部の考えらしい。経済的に悪化しているから、バクチで稼ぐというのは、それ自体がバクチ依存症の症例だろう。借金の返済を借金でまかなうとか、バクチの負けをバクチで取り返そうとするといった症状だ。

 *こんなことをあえて書きたくないのだが、前川は「大阪都構想」を知らないのかなどとトンチンカンなコメントを書いてくる人がありそうだから、あえて蛇足を書いた。はい、知っていますよ。

 

 「大阪人は商売がうまい」という風評があるが、あれはウソだ。バクチ場を作っても儲かるのはアメリカの企業と不動産屋と建設土木業者と広告代理店。もろもろの協会に天下り役人が入り込み、バクチ場には当然警察OBたちが入って、あぶく銭に浴する。大阪人は、「東京にはないバクチ場が大阪にできる」と、さぞ自慢だろうが・・・。

 大阪の本を何冊も読み、大阪でしばしば滞在してきたが、「大阪が大好き」というわけではない。「住みたいか?」と問われれば、「ひと月で結構です」と答えるだろう。そんなことを考えていて、ふと、「バンコクと同じだな」と思った。バンコクを美しい街だと思ったことがない。もう5年ほどバンコクから離れているが、「ああ、愛おしい。一日でも早くあの街に行きたい」と思いつつ、ネット動画を見ているというようなことは、まったくない。バンコクも大阪も、調べれば面白い街だと思うが、大好きな街というわけではない。

 

 「宇宙一大阪が好きだ」という社会学者が小説家といっしょに書いた本が『大阪』(岸政彦・柴崎友香河出書房新社、2021)だ。アマゾンでちょっと見かけたとき、大阪人へのインタビューをまとめた本だろうと思い込んで注文したのだが、届いた本を読み始めると、ふたりの大阪物語だとわかる。大学入学から大阪に住んで30数年という芥川賞候補作家にして社会学者と、大阪で生まれ育ち、30数年後に東京に移住した芥川賞作家のふたりが、それぞれの30数年の大阪と自分を書いている。

 だから、たこ焼き&吉本&新世界も出てこない大阪、非「秘密のケンミンSHOW極」的大阪だ。テレビでは「つまらない」として扱われない普通の大阪暮らしの話で、それがいいのだが,本としての評価としては「まあまあプラス」かな。過剰と思える大阪称賛ではないし、偽悪趣味もないのがいいが、「引き続き同じ著者の本を」というところまではいかない。ただし、『沖縄の生活史』(石原昌家・岸政彦:監修、みすず書房)は発売直後、アマゾンで見つけて「ほしい物」リストに入れた。その直後、神保町の東京堂で平積みになっていて、「やはり、東京堂」と思ったものだ。おもしろそうな本だが、高い。高いからといって図書館で借りるという気はしないから、読むのはいつの日か。

 私の好きな大阪本は、建築が好きなので橋爪紳也氏の著作を読んでいる。

 

 大阪の悲哀はいくつもあるが、出版社の数の違いだ。東京在住の作家が、青山や銀座や日本橋で食べ歩いた話を書けば、本になる可能性が高い。同じように、大阪在住の作家が同じように大阪食べ歩き文章を書いても、「それ、おもしろい。本にしましょう」と言いそうな出版社が、東京に比べると極端に少ない。しかも、想定読者数が少ないから、出版される可能性は低い。

 テレビ局の数は東京も大阪もほとんど変わらない。関東で見ていると、その番組が全国放送か関東ローカルかわかりにくい。関西だともう少しわかりやすいのだろう。私が興味深いと思っているのは、関西ローカルのままで全国放送にならない番組だ。

 その昔、私が奈良に住む少年だった頃、関西の少年であるからして、大村崑芦屋雁之助とか藤田まこと茶川一郎白木みのる、佐々十郎、ミヤコ蝶々喜劇俳優と、夢路いとし・喜味こいし中田ダイマル・ラケットなどの漫才師が出演する番組を見ていた。熱心に見ていたという記憶はまったくないが、1960年前後のテレビ番組と出演者の名前と顔をこうして今でもよく覚えているのは、不思議と言えば不思議だ。

 のちに、「やはり、関西ローカルだから、そういう番組を放送していたんだな」と思ったものだが、調べたら全国放送の番組も多かった。全国に、関西弁の芝居が放送されていたのだ。松竹新喜劇は全国に放送されても、よしもと新喜劇の全国放送はあったのだろうか。ちょっと調べると、1962年にちょっと全国放送されたようだが、関西以外では受けなかったようで、また関西ローカルに戻った。私はよしもと新喜劇のコテコテぶりは好きではないし、ドリフターズ的な笑いも好きではないので、よしもと新喜劇は関西ローカルのままでいい。

 だが、「やはりダメか」と何度か残念に思ったのは、「探偵ナイトスクープ」だ。数回全国放送を試みたが、しばらく関東でも放送されると、数年で撤退を余儀なくされた。私が見始めたのは上岡&岡部時代の1990年代のいつか、だ。キダ・タローはじめ、関西の芸人や文化人をこの番組で知った。内容は、無条件でおもしろいもの、くだらなくておもしろいもの、くだらなくてつまらないものなどがあり、笑って終われる回と、「なんだよ、これ」と、もう見ないと決めたくなることもあったが、私が見なくなる前に、関東での放送が中止になった。

 私には、関西文化の受容や拒否が興味深い。「大阪」という異文化がおもしろいのだ。