1986話 橋を渡る その9

 

 写真やテレビや映画の風景を見てその地に行ってみたいと思う人は多い。そのなかで、実際に出かける人もいる。古くはスイスの風景だろうし、南太平洋の青い海と白い砂へのあこがれを体験した人は多いだろう。これがオーロラとなるとそうは多くないし、マチュピチュやモアイのイースター島やウニュ塩湖(ボリビア)となれば、さらに少ないかもしれない。

 私は風景にあこがれないタチなので、写真を見て旅情を刺激されることはあまりないが、ただ一カ所、写真を見て「よし、行こう」と思った場所がある。ポルトガルポルトだ。そこのドン・ルイス一世橋をこの目で見たいと思った。

 その時の旅はスペインをメインに考えていたから、成田・マドリッドの往復切符を買った。そして、マドリッドからどういうルートでポルトに行こうか考えた。一番つまらない方法は飛行機で飛ぶという手段で、カネはないが時間がある私のような旅行者が選ぶ移動手段ではない。いや、今なら条件次第でLCCならバス代よりも安く飛べる時代だが、それでは面白みがない。とりあえず、スペインの北部から、ポルトガルの北部に入るルートを考えたが、具体的にどこに行くかは成り行きまかせだ。

 飛行機は昼前にマドリッドの空港に着き、すぐさまバスでアトーチャ駅に向かった。マドリッドは30年前の記憶があり、何とかなるかもしれないと思った。駅に着いて時刻表を見ると、アビラ行の列車がすぐに出ることがわかり、切符を買って乗り込む。その日はアビラ泊。翌日からサラマンカなどを旅しつつ、とりあえず、ポルトガルのブラガンサをめざす。

 地図で確認しつつ、私が乗ったバスがそろそろポルトガルに入るあたりだろうと車窓からあたりを眺めると、小川にかかる橋があり、ポルトガルに入ったという表示があった。田舎の小さなコンクリートの橋だ。自動車で通過すれば所要2秒だろう。そんな川なんか地図に出ているわけはないと思ってその時は詳しく調べなかったのだが、いまネットの地図で調べると、マンサナレス川という名だとわかる。ほんとかよ?という気分だ。その川の名に記憶がある。

 マンサナレス川はいくつもの支流を合流してマドリッドに流れ、王宮の背後を流れるタホ(Tajo)川になる。その川は西に流れポルトガルに入り、ポルトガル語の発音に変わりテージョ(Tejo)川となり、リスボンで太平洋に流れ出る。ポルトに行った後、リスボンでこのテージョ川の岸に建つ安宿で過ごすことになるのだから、テージョ川との縁は深い。

 ポルトガル北部のブラガンサに寄ろうかと思ったのだが、バスから見たこの辺の風景はおもしろそうにない。100年か、それ以上の時が止まったままになっている村に見えた。それは「美しき古都」ではまったくなく、「ただのさびれた村」にしか見えなかった。独裁政権下で長らく経済力を失った国の農村の姿だった。もう少しましな街を見たくて、ブラガに行くことにした。そのあとギマランイシュなどを巡って数日過ごし、ついにポルトに着いた。