1985話 橋を渡る その8

 

 マカオの長い橋を歩き始めて、「こんなに長いんじゃ、歩かなきゃよかった」と反省したものの、途中で戻るくらいなら歩き通した方がいいななんて考えていたことを思い出したのは、マカオの橋を歩いた翌年の1980年のサンフランシスコだった。その橋は、サンフランシスコ名物の、ゴールデン・ゲート・ブリッジ(金門橋)だ。

 最初は陸から眺めた。その次は、船でくぐった。だから次は橋のたもとでじっくり見たいと思った。街からバスはいくらでも出ている。

 夏の晴天。海が青い。気分がいい。眺めもいい。サンフランシスコ北端のたもとから橋を北上する。快調に歩き出したのだが、同じように歩いている人はいない。海から眺めても長い橋だとわかるが、実際に歩いてみたら、なおいっそう「長いなあ」と思う。それで、1979年のマカオの長い橋を思い出したというわけだ。歩き通すことを諦めて途中で引き返すのは悔しい。歩き始めたなら最後まで歩き通してやろう。初志貫徹は、私にもっとも似合わない四字熟語だから、「成り行きに任せる、なるようになるさ」という方が自分にはふさわしい。

 のんびりと風景を眺めながら歩いたから小一時間かかった。帰路は当然バスで戻る。マカオでもそうだった。この金門橋も、往路を歩くのはいいが、往復とも歩くのは観光ではなく鍛錬である。橋のたもと付近をうろつき、バス停を探したが見つからない。バス停がなくてもバスは来るだろうと思ったが、いつまで待ってもバスは来ないから、しかたなく復路も歩くことになった。どうやら、橋を渡る路線バスはないらしい。あるいは、あっても便数が少ないのかもしれない。

 のちに調べたら、あの橋は全長約2700メートルだから、マカオのオールドブリッジとほぼ同じ長さだ。金門橋は復路も歩いたから、6キロ弱の散歩になった。

 この橋のガイドを読むと、「歩く人は途中で引き返すことが多い」とある。それが正解かもしれない。

 ニューヨークのマンハッタン島は何度も出入りしているが、ジョージ・ワシントン橋を通ったか、それともリンカーン・トンネルを使ったかの記憶がない。映像的には、ジョージ・ッワシントン橋から、マンハッタンの景色が見えてくるというのが最高の眺めなのだが、その映像の記憶は実際に見たのか、それとも映画などで見た記憶なのかはっきりしない。リンカーン・トンネルのマンハッタン側出入口は、グレイハウンドバスのターミナルに近いから、トンネルを使ったのかもしれないが、やはり気分はジョージ・ワシントン橋であってほしい。

 ニューヨークのマンハッタンとブルックリンを結ぶブルックリン橋は、全長1800メートルほどで、長いと言えば長いのだが、往復歩いても飽きなかった。初夏なのに寒い日で、薄曇り。ニューヨークを感じるには悪い天候ではない。この橋は、「さまになる」。だから映画に何度も登場しているのだが、私の最初の印象はソニー・ロリンズだった。トップクラスのジャズミュージシャンが、突然姿を消した。音楽の世界から足を洗い、酒とタバコと(おそらく麻薬も)やめて、日雇いの生活をしつつ、橋の上でサックスの練習をしているというエピソードと動画を見たことがある。その映像に映ったのがブルックリン橋なのかどうか知らなかったが、なんだかそんな気がしていた。のちに調べると、最初は私の想像通りブルックリン橋の上で練習していたのだが、人が集まりすぎてほかの橋に移ったそうだ。そういういきさつがあるから、復帰作は「橋」。

 ブルックリン橋を歩きながら、何かを考えていたはずだが思い出せない。映画の登場人物を気取っていたなどと言うことはありえないが、原稿のことではなく、旅のことか、友人知人のことなのか、何かを考えていたという記憶はある。この橋は、そういう気分にさせる。