1988話 橋を渡る その11

 

 「海上の道」と言えば、柳田国男の本が思い浮かぶが、そういう文化の経路の話ではなく、実際に海の上を走る道路の話をしようか。

 浅い海の支柱を立てて道路を渡すという建造物は、道路なのか橋なのかよくわからない。海や川の両岸を結ぶものが「橋」で、水上を水平なまま延びれば「道路」なのか、それとも橋なのかなどと考えている頭が混乱する。この「橋を渡る」というコラムの1976話で、『地球の歩き方  世界の魅力的な道178選』では道の話に橋も加えているという企画に疑問を書いたが、考えてみればやはり明確ではない。だから、ここでは一応橋と道路を一緒にして、海や川や湖に建てた支柱で支える橋を、水上橋としておく。

 水上橋は日本では沖縄に多いようだが、世界的に有名なのは、どこの橋だろう。観光映像などで何度か見たのは、フロリダのオーバーシーズ・ハイウェイかもしれない。フロリダのマイアミからキーウエスト島までの海上橋で、181キロ。マイアミだのビーチリゾートなど私の趣味に合わないから、もちろん行ったことがない。

 私が実際に渡った最初の水上橋は、次のような橋だった。アメリカのミシシッピ州ジャクソンから55号線を南下してルイジアナ州に入りしばらく進むと、ポンチャートレイン湖に出る。道路はそのまま湖に進み、水上道路になってニューオリンズに向かう。この道を、ポンチャートレイン湖コーズウエイ(Lake Pontchartrain Causeway)という。コーズウエイというのは、湿地に作った土手道というのがもともとの意味だ。ここがどういうところかがわかるHPがある。

 私が乗ったグレイハウンドバスがこの橋を通りかかったのが夕刻で、湖面しか見えない単調な風景に陰影を与えてた。

 その後は時代がずっと後で、場所はリスボンテージョ川の河口は海に見えるほど広く、河口の上に架かっているのがバスコ・ダ・ガマ橋。全長約17キロ。リスボンからスペインのセビーリャに向かうバスに乗ったら、いきなり水上に出たので驚いた。

 あやふやな記憶を掘り起こして、もっとも最近に渡った水上橋は、たぶんベネチアだ。本土メストレからベネチア本島に渡る交通路は、船か1846年にできた鉄道橋だったが、ムッソリーニが1933年に水上橋を建設した。皮肉なことに、ムッソリーニが死んで、ファシズムからの解放という意味で、リベルタ橋(自由橋)と改名した。3850メートル。

 鉄道に揺られて海の上を走りベネチアに至るという風景を思い浮かべていたのだが、ナポリ発の列車はベネチア到着が夜になる便しか取れず、水上鉄道を見ることができなかった。ベネチアから出るときなら、橋がよく見えると思った。

 ベネチアからミラノに向かう列車は朝出発で、車窓から海を見ていようと思っていたのだが、向かいの席に座ったのが40代初めくらいの中国人夫婦で、何かのビジネスをやってるのだろうが英語が堪能で、これからベネチア空港に行き帰国するのだと言った。ハナから中国人と政治の話をする気はないが、旅行事情や何に興味を持ったとか、何を買ったのかと言ったテーマはおもしろく、話をしているうちに車窓の海は消えた。車窓から見えたに違いない風景は、たったいまストリートビューで見た。それは便利ではあるが、幸せなことであるかかどうか。車窓風景を止めたり、戻れるから画像確認をするためには便利だが、「味わい」という点ではどうだろう。写真家なら、早朝か夕焼けの頃を狙うだろうが、そういう写真はやはりゴマンとある。風景は、実際に見るよりも、デジタル画像の方が美しいというのは皮肉である。。

 全11回で終わる予定だったが、やはり1回伸びたので、次回が最終回になる。